肆 ページ6
私の乗るスポーツカーは、見慣れない角を曲がって、知らない道に出た。
別にこの角を曲がっても、次の角を曲がっても、家には着くだろう。
そのくらいのことはわかっているから、私はいちいち騒がない。
ちらりと右隣でハンドルを握るバーボンを見る。
運転手が違えば、車の乗り心地もずいぶん変わるものなんだなあ。
私は新発見をした。今までジンの運転する車にしか、乗ったことがなかった。
キュッと車が滑らかに停まる。
正面を向けば赤信号だ。
「お疲れでしたらお休みになられてもいいんですよ？」
猫を被ったような甘い声でバーボンが言う。
このいかにも女が好みそうなルックスと巧みな話術で、今までどれだけの情報を盗んできたのだろうか。
私は訝しく思っているのを隠さずに表情に出した。
隠すだけ無駄だし。
「結構よ。
すぐに着くでしょう？
まさか――、
車内の空気が、触れられそうなくらいに凍りつく。
私はその間ずっと、バーボンを観察していたが、さすが探り屋というべきか、ポーカーフェイスは一切崩れなかった。
私は探り屋ではないから、あるいは核心を突くのが下手だったのかもしれない。
「すみません、慣れない道なもんで。
ああでも、もう着きますよ」
バーボンは貼り付けたような笑みをそのまま携えて、いたって冷静に答えた。
「あら、そう」
バーボンから視線を外して景色を見れば、確かに見慣れたコンビニがすぐそこにあった。
男が言う"慣れない道"というのが本当かどうかまではわかりかねるが、ともかくそう遠回りはしていなかったらしい。
「あちらの白いマンションで合ってますか？」
車の速度が落ちる。
「ええ、適当に停めてくださる？」
「かしこまりました」
キュッと車が綺麗に路肩に駐車した。
私がシートベルトを外している間に、バーボンは外からドアを開けてくれた。
今度は差し出された手をとって、車から降りる。
私はたった今降りた白いスポーツカーを見て、やっぱり黒が好きだと実感した。
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作者名：すず | 作成日時：2020年3月8日 23時
