183 『髪留め』 ページ7
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Aは何処に行くか決めていなく、また冨岡もそのことについては何の案も出すことはできなかったが、事東京の浅草という場所においてはそんなことはどうでも良いのだ。
ここ数年で目覚ましい発達を遂げた大都会。その空気に慣れ親しんだ者ならば、もはや小鳥のさえずりと同じようにしか聞こえない騒々しさ。至る所で値引きや怒鳴るような大声が聞こえ、その人波をかき分けていくのすらもはや面倒である。
冨岡からしたら苦手な場所だ。何処に行けばいいのかもわからないし、とりあえずはAの後ろについていく。
彼女もこの都会が好きだという訳ではない。──いや、否、彼女はこれが好きなのかもしれない。此処では誰も彼女を『個人』として見ないのだ。行き交う人々はそれぞれが『人々』でしかなく、そこに神々廻Aは存在しなく、ただ周りの空気の濃度にほどよく紛れる。
──そんな場所が、彼女は好きだ。
冬なのに異常なほどの人混みは、立ち込める熱気を加速させている。最早息苦しさまで覚えてくる有様だ。
だがAは人波の中をゆらりと揺蕩うように流れて行って、それに全く抵抗などしていなかった。文句を言いたかったが、この騒音の中で彼女に言葉を伝えられるほどの大声を出せる自信がない。大人しくその背を追う。
誰かに背中を押されるようにして流れた場所は、結い紐を多く取り扱っている小物店だった。雇われている女性が二人の端整な顔立ちに少しだけ見惚れ、それから慌てて接客を開始する。
ほとんど──というか全て女性用の結い紐ばかりだったが、その中には目立たなく暗い色合いの紐もある。
Aは適当に青と黒が入り混じっているのを見つけ、冨岡の方に翳した。冨岡は為されるがままだ。その表情からどう思っているかは一切合切読み取れない。
「これとか。いんじゃね」
「────」
「ほら、お前髪長いじゃん」
ボサボサな彼の髪の毛を見て笑いながら言うと、「なら、買う」と予想外な言葉がAに降りかかってくる。
嬉しそうな顔をした女性にその結い紐を差し出すのを慌てて引き留め、「は、はあ!?」と大声を出した。他もどうせそんなものだから誰も気にも留めない。
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白夜の世界(プロフ) - すみた先生さん» そうですね!いや正にその通り!(笑)剣士は他の鬼殺隊員を嫌っていましたが、あれは同族嫌悪というのも多少入っていたんですね。本人に自覚はないですが。過去を経て人間は変わるのに、今の剣士(?)は記憶がないですから。理解しようもないって話です。 (2021年1月14日 18時) (レス) id: ad65672360 (このIDを非表示/違反報告)
すみた先生(プロフ) - 白夜の世界さん» 答えていただいてありがとうございます!話が変わりますが、記憶を失った主人公が過去の自分を嫌ってるのって、周りと同じ一般的な感覚を持ったからなんだろうなぁ。とか、周りから見た主人公ってこうだったのかなぁとか勝手に思ってます。更新お疲れ様です! (2021年1月14日 18時) (レス) id: 16cbe631bd (このIDを非表示/違反報告)
白夜の世界(プロフ) - すみた先生さん» ネタバレになるので嫌だ、という方がいるかもしれませんので誰オチかは答えられません。ですが一つだけ言っておきますと、自分の作品読んで来た方はわかります。大正解、同じパターンです(笑)。 (2021年1月9日 20時) (レス) id: ad65672360 (このIDを非表示/違反報告)
すみた先生(プロフ) - 大っっっ好きです!!(唐突)言葉選びといい情景描写といい最高です!個人的に気になっているのですが、この作品で誰オチとかはありますか?できる範囲でいいので教えたいただきたいです! (2021年1月9日 20時) (レス) id: 16cbe631bd (このIDを非表示/違反報告)
白夜の世界(プロフ) - 紗夜菜さん» ハイハイもう此処でこうなるんだろ?わかってんだよという展開を覆したい性癖の作者です、どうも(笑)。剣士にとって良かったかはわからないですが、周りの人間とのタイミング的には最悪だったと思いますよ。冨岡とか特に。 (2021年1月8日 21時) (レス) id: ad65672360 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:白夜の世界 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/nisui03101/
作成日時:2020年12月20日 17時