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#14 目指すはブラック ページ15

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 そんな風に、やつがれ君が段々と探偵社の職務に慣れ始め、周りの人との壁も取り払われて来たころ。



『あぁ……、美味しいです。ブラックを飲めるように頑張ります』

「ありがとう御座います」



 店長は微笑みながら珈琲を挽いていた。その動作は洗練されていて、本当にそれだけに一生を奉げたのだなとよく分かる。たかが少しの動作だけれど、そういう処が本当に凄いと思う。

 勿論店長が淹れてくれたカフェオレも美味しい。しかし欲を云えば、彼が淹れてくれたまっさらで混じり気の無い、ひたすらに一色なブラックコーヒーが飲みたいのだ。いや、これ飲めねえヤツの台詞じゃねえかもしれないんだけど。


 スツールから伸びる足は、床にはつかない。ふらふらと子供のようにそれを彷徨わせる。着地点は無かった。だから何処にもないそれを動かしていたのだが、雨音がまるで責め立てるように窓ガラスを打ち立てるので、それは止めた。

 また一口飲んだ。じわりじわりと滲む味は、いつもと変わらなかった。変わらずに美味しい。




「何か、心配事があるので?」




 だから、不意に店長がそう云った言葉に、私は心臓が止まりそうになった。あまりに唐突な呼びかけに噴き出しそうになったものの、それをしたら失礼であるという理性の欠片がそれを止めた。

 店長は私の答えを待っている。ただ悠然と微笑んで、その皺の一つ一つに己が生きて来た年月を刻みこんで、それでも尚あまるものを周りに漂わせていた。若造には到底出せない雰囲気と気配だった。


 ……苦笑が漏れる。わかっちゃいますか、と頭を掻きながら云えば、軽く顎を引かれた。




『ん、んん……、慥かに、心配事と云えば、そうなんですがね。でも自分が悩む筋合いかと思うと、それはそうでもないんですよ。飽くまで私じゃない。私じゃなくて、それは──』




 続く言葉を発することはできなかった。しなかったともいえる。

 けれど最大の要因は、店の扉を開ける音が鳴ったからだ。聞き慣れたドアベルに私は口を閉じ、そちらを見た。相変わらず不機嫌そうに顔を顰めた人物がそこにいた。


 や、と手を掲げる。彼は返事をしなかった。いつも通りのそれに、また一つ苦笑が漏れた。



『やつがれ君、君が此処に来るなんて珍しいじゃないか』



 彼はどうにもならない強敵と戦う為に此処に来たらしかった。私は笑い声をあげた。


 心地いい時間が流れていた。


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ゔい(プロフ) - 今更ごめんなさい。はじめまして。初コメです。面白すぎて一気読みしてしまいました。主人公も終わり方も天才的です。本当にありがとうごさまいます。ありがとうございます…… (2022年11月25日 18時) (レス) @page43 id: 4eb6cf0149 (このIDを非表示/違反報告)
白夜の世界(プロフ) - over the rainさん» 毎日読んでくれましたか!!先に全部書き終えておいて一日更新にしておいた甲斐がありました……!本編はそうはいかないので三日毎更新ですが、これからも上手く書けるように頑張りたいと思います。 (2020年7月8日 15時) (レス) id: ad65672360 (このIDを非表示/違反報告)
over the rain - Beast完結(?)おめでとうございます!毎日楽しみに読んでいました!本編も応援してます! (2020年7月8日 6時) (レス) id: a4bab14be1 (このIDを非表示/違反報告)
白夜の世界(プロフ) - 桜ノ呼吸の使い手さん» コメントありがとう御座います、はい完結致しましたァ〜〜!!面白く飽きのこないような作品を作っていきたいと思っているので、本編の方も頑張っていきたいと思っています。 (2020年7月7日 20時) (レス) id: ad65672360 (このIDを非表示/違反報告)
桜ノ呼吸の使い手 - え!?こんなに面白い作品が書けるんですか!?初コメですが完結おめでとうございます! (2020年7月7日 20時) (レス) id: e5b2323101 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:白夜の世界 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/nisui03101/  
作成日時:2020年6月6日 17時

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