【stgr】潮鳴りのする雲を抜けて３【青井らだお】【完】

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　キッチンから卵を焼く音がする。美味しそうなにおいがリビングまで伝わってきて、唾液をごくんと飲み込んだ。


「警察署は騒がしいからね。そんなこと、あんまり思わないんだけど……。でも家に帰ってくると、落差が激しすぎて。すこしさみしい」


　Aさんは二つのオムライスが盛られた皿をおれの目の前の机に持ってきながらそう言った。もう準備ができたのか、と思って手伝おうと腰を浮かすおれに「いいよ。あとケチャップとスプーンだけだから」と笑ってそれを止める。
　言った通りその二つを掴んですぐ戻ってきたAさんは、おれの向かいに鎮座していたクマをそっと地面におろしてそこに座る。いつもの警察服とは違って部屋着に着替えた彼女の首元はだいぶゆるくて、冬着になってほとんど見ることのなかった鎖骨がくっきりと浮き出て見えた。心臓がどくりと跳ねたけど、それを抑え込むように「いただきます」と手をあわせる。

　卵の上にニコちゃんマークを描きおわった彼女がケチャップを「はい」と手渡した。めちゃくちゃかわいいなこの人、と思った瞬間に「めちゃくちゃかわいいですね」と口から全部出た。大人になってもここにニコちゃんマーク描くの、ふつうにかわいすぎないか。
　Aさんはビタ！ と体を硬直させてから、じんわりと赤くなった顔をおれからすこし逸らし、ぼそりと呟く。


「三十になってもニコちゃんマークって言うらだおくんもかわいいと思うけど」


　なんつう反撃だ。危うくスプーンを取り落とすところだった。


「……言いませんか」
「私は言わないね。せめてニコニコマークじゃない」
「……おれは言うと思いますけどね？ 別にね。そんな。誰でも言いますよ」


　顔から火が出そうだった。チクショウ、度々指摘されることのある幼い語彙がここで暴発すると思わなかった。互いにダメージを負ったおれたちはしばらく黙々とオムライスを食べ進めた。


「ぬいぐるみ持ってんの、ちょっと意外でした」
「そう？ あんまり言われたことないけどな……。あーでも伊坂さんからは言われたな」
「なんでおれがいる目の前で他の男の話するんすかやめてください」
「こわ！ ごめんて！ いや、話の流れ……、いやいいけど……。らだおくんってアレだよな、メンヘラって言われない？」
「正直」
「うん」
「めっちゃ言われます」
「なんで溜めた？ 知ってるよ。だろうなって思ったから聞いたんだよ……」


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