【stgr】潮鳴りのする雲を抜けて３【青井らだお】【完】

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「さっきので悪化したと思いますけどね、骨折は」
「んふ、ふふ」鈴の音がすぐ後ろで転がる。「みんならだおくんが戻ってきてくれて嬉しいんだよ。オルカなんて本当に頑張ってたんだ。成瀬もすぐらだおくんの話をするし、猫マンゴーもきみが帰ってきたあとの話をずっと繰り返してた」
「そ、れは。……なんつうか、ちょっと恥ずかしい、すね」

「みんな、らだおくんがほんとに好きなんだよ」

「────」


　ヘルメットの下で唇をすこし舐めた。おれがそこで、「Aさんはどうなんですか？」なんて訊ねられる勇気があったらこの歳までぼっちじゃないし、ここまで陰キャを極めていない。おれは自分の知る限りもっとも勇気のない男で、もっとも情けない男だった。

　真下を見なければロスサントス本島が見えないくらいに高くのぼったヘリは、空気の冷たくなったぶん直射日光を受けて温まっている。そろそろいいか、と思って機体を傾けるのをやめてホバリングをすれば、Aさんが「まだだよ」と唇を尖らせて言う。


「そろそろ危なくないすか」
「雲の上まででいいから」
「いいから、じゃなくて……。あぁはい、わかりました」


　止めてんのにそっちが譲歩してるみたいな言い方、なんなんだ。ともかく上官の命令には逆らえないし、Aさんの言うことにはもっと逆らえないから、おれは大人しくまだ高度を上げ続ける。遠くに浮かぶ真っ白な雲が、冬なのにまるで夏みたいな印象を受けた。


「私ね」
「はい」
「この街にはじめて来たとき、ギャングの取引現場を見ちゃったの」
「────」


　──この街は本当に犯罪が多い。市民が普通に使うような場所だって銃撃戦の現場になることがあるし、道を一歩外れれば怪しい連中がたむろしていることだってある。ヤクの売人なんかはそこら中にいて、わざわざそれを取り締まろうとする人間なんてキモセンくらいしかいないことでも犯罪の果てしなさがわかるだろう。
　Aさんはいつもと変わらない声音でその話を続けた。今日の天気はどうだとか、明日の業務はこれだとか、そんな話をするような態度で。


「まあ、ヤクの取引だったってのは後から知ったんだけど。私は何を見たのかすらわからなかったし、自分にこれから何が起こるのかも全然わからなかった。銃を突きつけられて──今思うとサプレッサーがついてなかったから、発砲したくなかったんだろうね──それで誘拐される直前、ナツメが助けに来てくれた」


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