27 『潮鳴りのする雲を抜けて』 ページ35
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電源を入れて、気圧と高度が正常に表示されているかを確認する。いくつかのスイッチを上に引き上げ、安全を確認してから「どうぞ」とAさんに声をかけた。Aさんは「ありがとう」と笑って身軽げに機体の後ろへと腰かける。
コレクティブレバーを左手で掴み、操縦桿を右手で動かしつつ高度をあげていく。どこへ、と訊ねれば「そらへ」とはにかむように笑った。かわいい、と頭をよぎる言葉を操縦桿を握り直して頭から追いやり、ぐんぐんと高度をあげていく。ロスサントスで最も高いビルを超えてなお、Aさんは止めてとは言わなかった。
「怪我の具合はどう」
一瞬だけ後ろに視線をやれば、Aさんは吹き抜ける風で暴れる髪の毛を片手で押さえながらおれを見ていた。
「……まあ、回復の速度でいえば順調です。後遺症はないってハッキリ言われました。骨もあばら以外はくっついたし、それもあと一週間くらいで治るだろうって」
Aさんは一瞬だけ息を詰めて、よかった、と溶けるような声音で呟いた。数秒してから「ホントによかった」と今度は明確におれに向けて言う。たったそれだけで跳ねる心臓がうざったくて、おれは彼女を助手席に乗せずに良かったと思った。ヘルメット越しであっても、彼女ならばおれの表情を読み取れそうだったから。
後遺症は、ない。──厳密には、それは嘘だ。日常生活に支障のある後遺症はない、と言うほうが正しい。
背中には火傷のひきつれた痕がすこしだけ残っている。事件直後には痛みで仰向けに寝れずうつ伏せのまま休まなきゃならなかったくらいだったけれど、今はもうなんの感覚もない。なんなら触覚もだ。だけど遠目じゃわからないし、両手を上げた時とかにちょっと引っ張られるような感覚があるくらいで、おれはよくこれだけで済んだなと思うくらいだ。
命田隊長は「スマン。ここまでしかできなかった」なんて謝ってくれたけど、おれは逆に感謝しかない。鳥ぎんの上司であり、救急隊の隊長は彼だってことを再確認するくらい、事件直後の隊長の手際は素早かった。気絶した直後だったから朧げだけど、かつてないほどの大怪我のおれに騒然とする院内で、あの人がずっと指示を出していた声は覚えてる。
傷が残ったなんてこと、わざわざAさんに言うべきではない。これ以上この人に背負わせるべきものがあるなんて、おれは思わない。
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白夜の世界(プロフ) - リアさん» コメントありがとうございます〜……!自分も書いてる最中に何度も泣いてます笑。自分が書いてるはずなんですが、私の中の彼らがめちゃくちゃ動き出してくれるんですよね……。えーんもう戻りたいですががんばります! (4月23日 22時) (レス) id: 31a6bce1e5 (このIDを非表示/違反報告)
リア(プロフ) - ほんとに自分いい作品見つけたなって思います。読んでる途中泣くことも沢山ありました、それぐらい感情移入できる素晴らしい作品でした。これから1年間近く執筆されないということで、とても悲しいですが、リアルの方でもどうぞお元気で!いつでも帰ってきてくださいね (4月17日 2時) (レス) @page44 id: 8ac732f9cd (このIDを非表示/違反報告)
白夜の世界(プロフ) - うさみさん» コメントありがとうございます〜〜!出来事があって、それに対してみんながどう考えてどう行動していくかがstgrの醍醐味だと思っているので、それを表現できて嬉しいです……!!みんなに幸せになってほしい本当に……。 (4月7日 16時) (レス) id: 31a6bce1e5 (このIDを非表示/違反報告)
うさみ(プロフ) - とても…とても素敵なお話でした……!!!心の動きが綺麗で読んでる私の胸もギューっと締め付けられました(;;)語彙力天才すぎます…!もう、何処がというか全部!好きです……!!読み返してきます!!!♡ (3月27日 21時) (レス) @page50 id: 5394e48d78 (このIDを非表示/違反報告)
白夜の世界(プロフ) - きなこもちさん» コメントありがとうございます私も常々悩んでおります……。エまじで自分の感情に気づく前の🟦ヤバすぎませんか……。たぶん薄々気づいてたんだろうけど気づかないふりをしてたんだろうなと思うともう、胸が……ウウ……。 (3月25日 12時) (レス) id: 31a6bce1e5 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:白夜の世界 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/nisui03101/
作成日時:2024年2月10日 14時