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頭上にある顔も見れない。Aさんの服を掴む腕が、自分じゃないみたいに力が入らない。ただ縋るようなそれを、Aさんが引き剥がさないことだけが希望だ。
こたえて。ねえ、言ってください、Aさん。
「……きらいじゃない……」
「────」
「すきだよ、大好きだよ……、警察のこと、みんなだいすき」
ずっと己の涙を拭っていたAさんが、おれの背中にゆるく手を回す。そうしてシャツを掴まれたのが感触で伝わって、それだけで座り込みたくなるくらい安心した。おれも同じように抱きしめかえして、ぎゅっとその存在をかき抱く。
胸の中に巣食っていた恐怖が、陽が沈むように去っていく。代わりに再来してきた痛みは、もうつらいとは思わない。苦しくないわけじゃないけど、でも、もう十分だ。
「う……う、うう〜〜〜! でも、でも、ナツメのこともほんとに好きだった! ほんとに大切で、ほんとに、この街ではじめて好きになったひとだった!」
「はい。……はい」
「だ、だけど、私……! け、警察の自分じゃないと、好きになれない──人についてくばかりじゃ、私、自分のこと一生きらいなまんまだ、」
「はい」
「ぜ、ぜんぶ好きなのに! ぜんぶ、ナツメと仕事するのも、みんなでバカみたいに騒ぐのも、っ、ぜ、ぜんぶ……!」
なんで全部じゃだめなの、と彼女は言った。何度も何度も、ぜんぶ好きなのに、って。
おれはずっと頷いて、ずっと抱きしめていた。
全部選ぶなんてのは土台無理な話だ。そんなこと誰にだってわかる。だけどAさんは今まで全部選べるくらい強くて、ほんとにそうできるくらいの力があったんだろう。
でももうそれは通用しない。おれたちは変わる世界にいる。おれたちは進んでゆく。おれたちは砂浜で潮の満ち引きを眺め、ときおりその中へと入っていく。そして深海で沈むたびに、凪いだ海上のことを思い出す。
ロスサントスは止まらない。朝と夜を何度も繰り返す。嵐が過ぎ去るのを、おれたちはじっと待つ。そしてその嵐を超えてゆく人を、おれは尊敬している。
夏の終わり。
秋が静かに木陰に身をひそめはじめたころ。
ハクナツメという警官が退職を決意し──A・フォルスターという警官が、三日間の休養を経たのち、警察署に戻ってきた。
次に晴れたら、海岸で
・・(そう、恋を抱きしめに行くんだ)
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白夜の世界(プロフ) - リアさん» コメントありがとうございます〜……!自分も書いてる最中に何度も泣いてます笑。自分が書いてるはずなんですが、私の中の彼らがめちゃくちゃ動き出してくれるんですよね……。えーんもう戻りたいですががんばります! (4月23日 22時) (レス) id: 31a6bce1e5 (このIDを非表示/違反報告)
リア(プロフ) - ほんとに自分いい作品見つけたなって思います。読んでる途中泣くことも沢山ありました、それぐらい感情移入できる素晴らしい作品でした。これから1年間近く執筆されないということで、とても悲しいですが、リアルの方でもどうぞお元気で!いつでも帰ってきてくださいね (4月17日 2時) (レス) @page44 id: 8ac732f9cd (このIDを非表示/違反報告)
白夜の世界(プロフ) - うさみさん» コメントありがとうございます〜〜!出来事があって、それに対してみんながどう考えてどう行動していくかがstgrの醍醐味だと思っているので、それを表現できて嬉しいです……!!みんなに幸せになってほしい本当に……。 (4月7日 16時) (レス) id: 31a6bce1e5 (このIDを非表示/違反報告)
うさみ(プロフ) - とても…とても素敵なお話でした……!!!心の動きが綺麗で読んでる私の胸もギューっと締め付けられました(;;)語彙力天才すぎます…!もう、何処がというか全部!好きです……!!読み返してきます!!!♡ (3月27日 21時) (レス) @page50 id: 5394e48d78 (このIDを非表示/違反報告)
白夜の世界(プロフ) - きなこもちさん» コメントありがとうございます私も常々悩んでおります……。エまじで自分の感情に気づく前の🟦ヤバすぎませんか……。たぶん薄々気づいてたんだろうけど気づかないふりをしてたんだろうなと思うともう、胸が……ウウ……。 (3月25日 12時) (レス) id: 31a6bce1e5 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:白夜の世界 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/nisui03101/
作成日時:2024年2月10日 14時