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村「風邪引くぞ」
電波塔に向かって歩いていると、小走りで信ちゃんが追いかけてくる。
この寒い中、わざわざ電波塔に登ってまで風に当たりたい変わり者はいないらしく、塔の階段近くには人っ子一人居ない。
村「どしてん。腹でも痛なったか」
『ちゃうわ。考えてんの』
村「ホンマのこと話すかどうか?」
『ホンマのことなんて何もないって。甘えたくなっただけや言うてるやん』
村「その甘えたくなった理由を聞いてんねん」
後ろにピッタリと張り付いた足音は、乱れることなく私についてくる。
無言のまま速度を上げてみるも、最上階まで彼の足音が離れていくことは無かった。
『っあー!疲れた!』
村「体力落ちてんちゃうか?」
煽ってくる彼は無視して、景色を眺める。
海に面した夜景はウットリするくらい美しいのに、私の気持ちは気持ち悪いくらいに汚い。
『何回も言うけどさ』
立ち止まる私の肩に、布の温かみが乗った。
『ウチは信ちゃんとか…なんなら、メンバーとかが言うような聖人君子ちゃうねん。人に尽くせって育てられたから、そうやってるだけやねん』
私は、家業を継ぐ兄の妹として、支える側の教育を施されただけのつまらない女だ。
決して優しさから面倒を見ているなんてことはない。
ただ、そうやって生きてきたから、それ以外の生き方を知らないだけだ。
奔放なアイドルを目指しながら、私はいつまでたっても菜摘のような天性のアイドルになれなかった。
どれだけキミちゃんの真似をしてヤンキーぶっても、心根までは変えられなかった。
私は、どこまでも女らしく育てられた女なんだ。
尽くすことでしか生きていけない、平凡な女。
だから、ほんの少し信ちゃんに尽くしてもらっただけですぐにのぼせ上がる。
『私なんか追いかけても無駄やで』
信ちゃんは何も言わなかった。
風が強くて、長く伸ばした髪が顔に絡まりつく。
『勝手に手繋いだんはごめん。気の迷いやと思って忘れてくれへん?』
振り返ると、信ちゃんはポケットに手を突っ込んで難しい顔をしていた。
不貞腐れているようにもみえるその表情は滅多に見れなくて、意外なものだ。
瞼が持ち上がって、真っ直ぐな瞳が私を射抜く。
村「俺がいつお前の聖人君子なとこが好きやなんて言うてん」
ああ。こういう時の信ちゃんは苦手だ。
どこまで逃げても執拗に追いかけて説教をかます無敵モード。
目を逸らせなくて、私はブランケットの裾をぎゅうと掴んだ。
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作者名:藻くずちゃん | 作成日時:2022年9月28日 16時