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村「ほな行こか」
『うん』
リップを塗り直してから彼に続いて家を出る。
『タクシー？』
村「ドライブや言うたやろ。車や」
『信ちゃんの運転とかめっちゃ久々』
駐車場のポルシェを回してきてくれた彼は、ご丁寧に一度外に出て助手席のドアを開けてくれた。
『うわ。いつもそんなんやってんの？』
村「今日だけや。調子乗んな」
『なんでウチが怒られてんねやろ』
車内は怖いくらいの無臭だった。
『あんま乗ってへんの？』
村「そやな。いつもはベンツの方乗ってるから」
『なんで今日はポルシェなん』
村「お前、ベンツ乗ってる知り合い多いやろ？たまにはポルシェも乗りたいかな思てん」
『なんの気遣い(笑) 』
車内から見る景色は、すっかり日も暮れて、冬らしい重い夜闇に包まれていた。
最近時間感覚がなくて困る。もうすっかり夜だったなんて。道理で出て行く時に、夜行性の翠があんなに寂しげに鳴いていたわけだ。
村「今日は何してたん」
『んー？まあいつも通り買い物と……あ、今日は曲作ったわ』
村「おお。なんの？」
『菊池に頼まれたソロ曲』
村「菊池かいな」
『まあエイトの曲はまだ無理かなあ。すぐバレちゃいそう。せっかく偽名まで作ったのに』
アイドルを辞めた私の収入のアテは主に、楽曲提供になりそうだ。
と言っても、西野Aとしての作曲ではなく、新しい「吉村麻耶」という作曲家としての楽曲提供になる。
どれもこれも、ファンの子にバレないように必死というわけだ。
そこまで綿密に隠したところで、今すぐに楽曲提供なんてしたら、勘のいいファンに即刻バレる気しかしない。
村「着いたで」
『ん』
駐車場から裏路地のようなところに入り込むと、仄かなランタンのような灯りが見えてきた。
『めっちゃお洒落やん』
村「何点？」
『百やろ』
村「よっしゃ」
勝手知ったる仕草でドアを開け、彼は「先どうぞ」と道を開けた。
本気で落としにかかってくるその態度に怯えながらも、私はお店に足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ」
『こんばんは』
こじんまりとした店内は仄暗くて、人の気配もほとんどしなかった。店主がカウンタで何かを切っているくらいだ。
村「奥行きますね」
「ええ」
スタスタとスツールを避け、角を曲がる彼についていくと、重そうな木目調の引き戸が現れる。
またもや信ちゃんに譲られて中に入ると、楠の一枚板のテーブルがゆらゆらとキャンドルの灯りを受け止めていた。
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作者名：藻くずちゃん | 作成日時：2022年9月28日 16時
