#序章 ページ1
六月初めの酷暑のころの、社会人が歓楽街を酔って楽しむ時間帯、一人の女性が路地裏からのそりと顔を出した。
彼女は行き場を決めるわけでもなく、どこにあるかもわからない目的地をゆらりと水上が揺蕩うよう、おぼつかぬ足取りでのろのろと目指していた。
彼女からはひどく血なまぐさい悪臭が漂っていた。近くを歩いていた男はちらりと彼女に一瞥を与え視界の中に彼女を入れる。
男は「ほう」と惚れ惚れとした声をこぼしうっそりと見惚れた。
男は腕を組み、推理をする探偵のように顎を指の上に置きその腕を支えるため、片方の腕の上に置く。
誰もが一度は盗み見る大層美しい顔立ちを、なぜか強い血の匂いが引き立てるような気がしてならなくて《なぜ彼女は、こうも美しいのだろうか? 強い血の匂いがする。けれども、それがまた彼女を引き立てる一種の材料となる。ああ、ここまで美しいものは見たことがない》と嫌味なほどに彼女を内心ほめたたえた。
彼女が息を吐くようにベンチに腰を降ろせば「なんと、これは彼女に近づく良いチャンスが出来たではないか」と心の奥底でにやりと顔をいやらしく歪め呟きよろよろと足を崩す。
額に太陽を遮るよう片手を置きひどく体調が悪いように顔を真っ青にさせて息を切らせた。
そしてベンチに近づいて片手を置き、腰をゆったりと下ろし「ああ、頭が痛い」と彼女に聞こえるほどの大きさで平然と嘘を言ったのだ。
先ほどから気になっている彼女は一切反応という反応を見せてくれず、こちらをちらりと一瞥することはおろか、夕焼け空を縫い付けるような飛行機雲が浮かんでいる遠くの空を弛緩きった表情で見つめている。
「……ああ、今にも倒れそうだ」
まるで一つの劇のように、ひどく咳き込ませ「怠い、熱が出たかもしれない」ともう一度彼女に伝えるように言ったのだが、彼女はそれでも遠くのほうを見つめている。
男はとても不快な気持ちになり、「……君」と口を開いて肩を叩いた。
「……なんでしょう?」
「人が今にも倒れそうだというのに薄情な奴だな」
男は彼女に好意を寄せていたことなんてすっかり忘れ、顔を仏頂面にしていかにも不機嫌だというように喉の奥を大きく鳴らし、少し鋭い目でいう。
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作成日時:2020年4月29日 14時