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「はぁ……っ」


 ペダルを漕ぐ足が疲れてきた。家を出てからきっちり三時間。流石にこれだけの長時間自転車に乗っていると、体力の限界を感じるものだ。


「体力、ある方なんだけどな……鍛え足りなかったか」


 呟きながらも前方に彼女の家の最寄り駅を確認する。ここまで来ればあと少しだ。同時に、見覚えのある景色に安心した。デートの帰りに、彼女を自宅まで送り届けた事だって何度もある。


 駅から何度か歩いた道は、自転車で走ると思ったよりも近かった。やがて彼女の自宅の前に到着すると、スマートフォンを取り出して、手早く文章を打ち込んだ。


【実は今、Aの家の前に居るんだけど、会えない?】


 突然こんな内容のメッセージを送られたらどう思うだろう。引かれるかな。なんて考えながら送信ボタンをタップする。すると、三十秒もしない内に玄関の扉が勢いよく開いた。中から顔を覗かせたのは、まあ当然と言うか何と言うか、彼女だった。


「よしくん……!」


 僕と会う時はいつも可愛い服に可愛い髪型、メイクもばっちり決めている彼女だが、今日は少し無防備な様子だった。白のニットにデニムというシンプルな出で立ちが新鮮で、これはこれで可愛いな、なんて思ってしまう。


「来ちゃった」


 本当についうっかり来てしまったような言い方をすると、唖然としていた彼女はすぐにハッとした様子で


「ちょ、ちょっと待ってて。すぐ準備するから!」


 と言い残して、バタバタと家の中へ消えていった。その数秒後、玄関ドアの向こうから別の人物が顔を覗かせる。これまでに何度か挨拶をした事のある、彼女の母親だった。すぐ後ろには父親の姿もある。二人とも彼女によく似た、穏やかな雰囲気の人たちだ。


「山本さん……」
「こんにちは。すみません、突然」


 戸惑いを隠せない様子の二人に向けて、深く頭を下げる。僕はこれから、この人たちが愛娘と過ごす筈だった最後の時間を、奪おうとしているのだ。


「お願いがあるんです。Aさんの最後の時間を僕に頂けませんか」


 だけど僕だって譲れない。今日、彼女と共に過ごせなかったなら、本当に死んでも死にきれないだろう。
 僕の言葉を聞いて二人は明らかに困惑した様子だったが、やがてお父さんの方が一歩前に出た。そして一度だけ、しっかりと頷いて。


「山本さん。Aの事、どうか宜しくお願いします」

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奈都(プロフ) - さっちいさん» 名作第一位更新とのありがたいお言葉で恐縮です。一年半以上も前に書いた作品ではありますが、こうして新たに読んで頂けてとても嬉しいです! (2021年8月6日 23時) (レス) id: 1ea9b7d420 (このIDを非表示/違反報告)
さっちい(プロフ) - 私の中の名作第1位更新しました…すごく好きな作品です! (2021年7月29日 10時) (レス) id: ebeed9cbc6 (このIDを非表示/違反報告)
奈都(プロフ) - 清華さん» ありがとうございます。悲しい終わりではあるのかも知れませんが、それでも各二人にとっての幸せの形を描いたつもりでいます。泣いて頂けたら嬉しいな、と思いながら書いていたので本望です…! (2020年4月8日 22時) (レス) id: 1ea9b7d420 (このIDを非表示/違反報告)
清華(プロフ) - 一気に7人分をworld endを見ますた...心痛いですよ、めっちゃめちゃ泣きました、もうきついです(笑) (2020年4月1日 16時) (レス) id: 1c085b2c66 (このIDを非表示/違反報告)
Hërø(プロフ) - 奈都さん» 夢は大丈夫だったのですが時々それぞれのメンバーの最後を思い出してグッときてます笑 (2020年1月3日 1時) (レス) id: 7ab3904f14 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:奈都 | 作成日時:2019年12月9日 20時

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