やつがれクッキング 【芥川龍之介】

25 〜芥川龍之介side〜 ページ26

｢……は、｣



突然の出来事だった。玄関先に見える姿は見慣れたものだった。こんな夜更けになんの用があるのかと、そう聞こうとしたが、存外真剣な顔をしていた彼にそれを聞くことは躊躇われた。



｢とりあえず上げてくれねぇか｣



言われるがままに部屋に上げてしまった。酒を飲んでいたような様子ではなく、いつになく張り詰めたような表情で何かを切り出そうとしている。



｢……あの｣

｢Aはな｣



彼の口から出た名前に思わず口を噤んだ。彼の部下であり、僕が慕い、想う人。



｢Aには、家族がいねぇ｣



唐突に話されたその事に、すぐにイメージが湧かなかった。



浮かんだのは、照れくさそうな不器用な笑顔。儚げな寂しそうな横顔。小さなノートを熱心に見つめ書き込む瞳。亡き想い人を思い出す苦しげな声。



あの人を取り巻く全てのものが次々に脳を巡り、心を打った。



｢ま、孤児って訳じゃねえぞ。ちゃんと成人するまでは居たんだ。Aはマフィアに入ったことを両親に秘密にしてた。で、それがバレた｣

｢ですが、それではあまりにおかしな話では……｣

｢あぁ。親はそれ知って……そんで、死んじまった。家に帰ったら血の匂いがして、二人とも胸にナイフ刺して倒れてたって、あいつは言った｣



握った拳にギリ、と爪がくい込んだ。



あの小さな体で、どれ程の不幸と寂しさと苦しさを背負ってきたのだろうか。



知れば知るほどに、彼女は遠く届かない人のように感じてしまう。



僕ではとても……彼女の隣に居るべき存在にはなれない。



｢すっげぇショック受けてたあいつに、織田は何したと思う？｣

｢……傍に居たのでは、ないのですか｣



普通大切な人が悲しんでいる時には傍に居たいと思うだろう。



中原幹部は薄く笑い、口を開いた。



｢思いきり片頬引っぱたいて、泣くなって一言｣



驚きに目を見張った。瞬きを三回程くり返した後にえ、と声を漏らしてしまった。



｢泣くな、マフィアに居るなら覚悟しろ。ここはそういう場所だ……ってな｣

｢随分と手厳しく感じます｣

｢あぁ。でも、みんなそう思ってた。びーびー泣いてる暇なんてないくらいマフィアは厳しい世界だからな。それをはっきり言ったあいつは、やっぱりすげぇ奴なんだよ｣



真剣な蒼い瞳が僕を射抜くようにじっと見据える。



｢お前は、あいつにとって織田以上の存在になれるか｣



それはあまりにも重すぎる問いかけだった。額から汗が一筋伝った。

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