あの日の恋が嘘みたい。【歌い手】

＊ ページ41

明らかに嫌そうな顔をして、僕を突き放す。


え？何の冗談？

目の前にいるのは、いつも笑顔で、誰にでも優しくて、僕のことが大好きなAじゃないの？


「キオクソウシツ」

説明のときに先生に言われた言葉を思い出す。

「A…。もしかして、何も覚えてない、の？」

「違う。知らないのは、あなただけ。友達は憶えてるから。私は正常。あなたが異常なの。」

Aが、僕に向かって冷たく言い放つ。

言葉が、とがったつららみたいに突き刺さる。



…もう、目の前にいるのは「僕が知ってるA」じゃないんだ。

先生から宣告された、Aの病名は「忘愛症候群」。

愛する人の記憶だけを失ってしまう病気。

そして、その人を嫌い、拒絶してしまう。


なんで、なんで…。

もういやだ、これじゃあAがいないのと一緒。

この前まであんなに死にたくなかったのに。

…死んじゃえば、楽になるのかなぁ。なんて、思ってしまう。

僕って、心弱いなぁ。

そうだよ、僕にとって、Aはきっと精神安定剤だったんだ。

僕は、精神安定剤がある生活に慣れすぎちゃったんだね。

Aに溺れてたんだね。

薬がなくなったら、もう生きていけないかも。



死んだら、どうなるんだろ。

嬉しかったことも、楽しかったことも、悲しかったことも、苦しかったことも、

ぜんぶぜんぶ忘れちゃうのかな。

「自分自身を手放す」ってどういうことだろ。

今、こんなに苦しんでいることでさえも、思い出せなくなっちゃうのかな。


夢って、見ることはできないのかな。

もし見れるなら、Aとの約束を全部叶えたいな。

ああ、でもきっと見れないんだろうなあ。


死ぬって、どういうことなのかな。

ちょっとだけ、怖い。


もうちょっとだけ、生きてみようかな。

僕の知ってる「A」は、もうこの世界にはいないけど。



それからも僕は、毎日Aのところに行った。

夏が終わって、秋になった。

僕が知ってるきみがいない、季節が過ぎていく。


今日も嫌われるって分かってるし、

明日も拒絶されるって分かってる。

でも、やっぱり僕はAから離れられないみたい。

ずっと、愛してるよ。

どうしよう、きみのことが好きすぎて、なんだか重くなってる気がする。

やっぱり依存しすぎだね。


僕は、何回泣いたかな。何回自分の弱さに苛立ったかな。

でも、それだけじゃだめだって、Aは言うよね。

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