Op.76-2 ページ48
森の中を流れる川のような旋律だ。
細くなったり、合流したりして流れていく澄んだ水。
今回の課題曲はそんな曲だったのに、俺の演奏は どうやら落ち着きがなかったらしい。
「あんた最近……ピアノの他に、考えることが増えた?」
その質問の答えに随分迷った。
図星だったからである。
ピアノの他に、考えることばかりだ…、すぐに浮かんだのは、あの無責任で無垢なふわりとした笑顔。いや…かわいげのない仏頂面。
「何かに心を揺さぶられてるみたい、ものすごく強く」
母は、小説のなかの登場人物みたいな喋り方をした。
握っている薄汚れたハンドルだけが、現実を知らせてくれる。
あと、カーブのときのキュルキュルという音。
「そういうのって…、演奏に出るのよ。でもわたしは、それを悪いとは思わない」
「そうなの?」
「ん〜、……じゃあ問題です!」
いきなり、運転座席からひょうきんな声を出した。
「その人独自の音色を追及して、世界を回るピアニストたちですが…」
人気のクイズ番組の司会者の真似をしている。
バックミラーの目がくりんと回る。母の目は可愛い。
「いったい何が、そのピアニストの音色を決めるでしょう?」
シニカルに笑った。きゅっと口角が上がる口元。
「練習量?」
「ブッブー!」
「性格」
「ブッブッブー!」
「んー…、家族構成?」
「ブブブブーっ!」
用もないのに、プッ、と軽くクラクションを鳴らした。
「やめろよ」と俺が焦ると、母はいたずらっぽく笑う。
「正解はぁ……【どれだけピアノ以外のものに触れたか】でしたー!」
どれだけ、ピアノ以外のものに、触れたか。
ピアノ以外のもの…?
「どれだけ外の世界を広げられるかが…どれだけ自分のピアノを深められるかに関わってる」
母が、声を落として言う。
バックミラーを覗いても、全然目が合わなくなった。
「あんたは、それの途中ってこと。だから不安定なの」
「途中…?」
答えを、答えでなくても続きを求めた俺に、母はぴしゃりと言った。
「はい!もうこれ以上は言いませーん」
目の前の遅い軽トラを、母はずさんに煽る。
70キロだ。さっきまでは100キロだった。中古の軽にしては出しすぎだ。
「ねえお父さんのケーキ余ってるんだけど」
「食べるよ、帰ったら」
「そうこなくっちゃ〜」
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年4月19日 0時