favorite(side S) ページ29
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「一人では帰れそうもないね…、親御さんはうちにいる?迎えに来られるかな?」
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大野くんの頬に敷かれた右手に、温度が移ってぽかぽかしてきた。
彼はぐんと手をのばして俺の左手を取ろうとする。
少し笑って差し出してやると、右手と同じように頬に当てた。
「母ちゃんが家にいる…、でもひとりで帰れる」
柔和な表情だが、意志は強いようでハッキリとそう言った。
「ダメだよ、こんな熱じゃ。お母さんに気を遣うなら俺が車で送ってあげるから」
「いい…、へいきだよ」
大人の世話になりたくないのか、頑なに一人で帰ると主張する大野くん。
高熱と、さっきさりげなくとったバイタル(血圧がおそろしく低かった)を考えても、ひとりにするのは危険で。
どう説得しようかと困っていたときだった。
コンコン、と控えめなノック音がして、「失礼します…」と小さな声。
来室者だ、と思って入り口のほうを向くと
2人分の荷物を持った生徒がそこに立っていた。
「1年の二宮です、大野くんがココに居るって聞いて…いつも一緒に帰ってるから…荷物…」
説明にしてはギリギリの言葉を紡いだ。
いつも一緒に帰る友達がいたのか、と一瞬驚いたけど、二宮くんの醸し出す雰囲気はどこか、大野くんと似ていた。
高校生にしては大人びた、深い瞳がそう感じさせた。
「ああ、ありがとう…、違うクラスなのにわざわざごめんね?」
「クラス違うっつっても隣なんで…、放課後んなって覗いたら、智の席だけカバン置きっぱなしだったから…担任に聞いたら、ぶっ倒れて保健室だって」
智、という呼び名に親密さを感じる。
二宮くんは、大人への接し方も態度も、十二分に心得ているように見えた。
長めに切りそろえられた前髪と、白い肌が儚げな印象を持たせる。
大野くんはというと、二宮くんが荷物を持ってきてくれたと言うのに、気付いているのかいないのか…
新しく取り換えた俺の冷たい左手に 指を絡めたり、頬や額に当てたりするのに ご執心だ。
「俺の手はアイスノンか…(笑)」
可愛らしいやらくすぐったいやらで、思わず頬が緩む。
そんな彼と俺の様子を見て、わずかに眉を顰め、ため息をついた二宮くんが呆れたように言った。
「先生…、あんまり油断してると その手…、食べられますよ…」
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年4月19日 0時