検索窓
今日:6 hit、昨日:10 hit、合計:84,387 hit

mysterious(side M) ページ35

大野が毛布の上に寝転がって”くち”を完成させるのを

暇を持て余した俺は、生徒用の机に凭れて見ていた。


「なに?むし歯なの?」


歯と歯の間を黒く塗りつぶすのを見てそう聞いた。


「ピアノ」


…なるほど、言われてみれば、黒の線は3個続いてひとつ間をあけ、2個続いてひとつ間をあけている。

歯をピアノの鍵盤に見立てたようだ。


「カズっていう人はピアノを弾くのか?」

「うん、」

「へえ…、そのよだれみたいなのは?食いしん坊ってこと?(笑)」


ピアノの鍵盤の間から、だらだらと川のような水が流れている。
それは薄い唇を伝って通り越し、カンバスのぎりぎりまで来ていた。

にこりと笑った”くち”の中には、ピアノの歯が並び、よだれを垂らしている。


「泣いてるってこと」

「…泣いてる?」


最後の一筆を入れた大野が、ゴロンと仰向けになって俺を見る。

ずいぶん無防備な瞳だなと思う。


「泣いてるみたいに弾く」


カズという人を思い出すように、ぼうっと天井に目をやった。

ふ…と美しい動作で瞼が閉まって開くのを、まばたきだと認識するまでに時間がかかった。


「カズは、ピアノが大好きで 大嫌い…」


口角をきゅっと上げて、ゆるく微笑む”くち”。

この微笑みは、いつも大野が受け取っているものなのだろうか。

唇の隙間から覗くピアノは、涙を流している。遠く、カンバスの端まで落ちていく涙。


目から落ちない涙を、いつも、感じていたのだろうか。


他人に興味がないように見える大野が、【カズ】に対する感情を、どっとカンバスに吐き出したみたいだ。

足りない言葉を補うように、ペンで一心不乱に描き出した想い。



その絵が意味することを考えると、そして目の前の無垢で無知で どこまでも透明な瞳を見ると

なんだか胸が締め付けられた。


「大野?」

「ん?」


ふたたび俺の元に戻ってきた視線。

この子はなんにも知らないように見えて、なんでも知っているのかもしれない。


「お前…、多感すぎて…苦しくないか?」


まっすぐな視線がゆらりと揺れたのは、動揺の証だろうか。


「どういうこと…」


自由なまばたき。人の目が閉じたり開いたりするのが こんなに神秘的だとは思わなかった。


「敏感すぎるってこと。心が」


しゃがんで目線の高さを合わせようとすると、ふいっと逸らされた。
大野は俺に背中を向ける。


「知らね…」


夏休みも もう中盤。

グラウンドで走る部活動生の声が、やけに遠くに聞こえた。


.

scool nurse's ofifice(side M)→←miracle pen(side M)



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 9.9/10 (81 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
185人がお気に入り

アイコン この作品を見ている人にオススメ

設定タグ:大野智 , 二宮和也 , 大宮
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:きんにく | 作成日時:2020年4月19日 0時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。