loved -PAST-（side A） ページ7
その日は、春になりきれない、中途半端な風が吹いていた。
2月の28日。まだだいぶ、寒かった。
大ちゃんとオレは、中学3年生を、もうすぐ終わろうとしていて
千夜子は、中学2年生を、もうすぐ終わろうとしていた。
ほんのささいな、兄妹の会話だった。
「大ちゃんがね、あたしの髪を好きって言う」
「ああ…うん、」
千夜子はあけすけに、大ちゃんへの恋心を打ち明けていた。
オレは千夜子が恋に落ちる瞬間を見てしまっているので、隠されても仕方がないと思っていたし、千夜子もそれを分かっていた。
「髪をね」
「…髪を、ねえ…」
オレの部屋のベッドに、勝手に寝転がって、千夜子は髪を弄っていた。
肩を通り過ぎて、胸まであるそれは、蛍光灯に透かすと、淡くきれいに艶めいた。
大ちゃんは、好きなものを好き、とハッキリ言う。
嫌いなものについては、あんまり言及しない。興味がないからだ。
「大ちゃんの口がさー…」
「うん」
「ちゃ、こ、ちゃん、って動くのが好き」
「…大ちゃんみたいなこと言うじゃん」
「真似してるのよ、あたしが」
強がりな口調が、すこしだけ揺れていた。
でもまだオレは、気付けなかった。
千夜子の恋心は、世界中に存在する、数多の恋心とおんなじように
時が経てば消えてなくなったり、笑い話になったりするものだと、心のどこかで思っていたから。
女の子の、純粋すぎる、愛とか恋とかいうものを、舐めていた。
「大ちゃんは、あたしが丸坊主になったら、呼んでも返事してくれないよ、きっと」
「何言ってんだよ(笑)」
冗談かと思って、笑ってベッドの上を見たら、千夜子は真顔だった。
持ち上げていた髪を、ぱらりと落として、どさ、と細い腕を投げ出した。
「もうさー…、いっそのこと」
「んー」
「あたし、大ちゃんになりたい」
.
大ちゃんになりたい
.
その言葉の終わりが、どんなに不安定に揺れていても
中学生のガキだったオレには、とうてい気付けなかった。
大ちゃんになりたい
その、しっかりとした意志をもった、でも曖昧すぎる言葉だけでは
いくら兄妹だと言ったって、千夜子の気持ちを汲み取ることは、できなかった。
だから、そのあと
千夜子が涙を振り切るように、部屋を出ていくのを
どうしたんだろう…と不思議に思ったけど
べつに、強がりな妹の 悔し涙なんて、散々見てきたし
その日の涙が、とくべつ大変なものとは、思えなかったのだ。
.
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きんにく(プロフ) - あっちゃんさん» →もしかしたら誰かの気を悪くしてしまうかもしれなかったお話ですが、こんなふうに温かいコメントを、時間が経っても頂けることを本当に有り難く思います。なんだか下手な解説みたいになっちゃいました。読み返してみると恥ずかしい所だらけなんですけどね（笑）あはは (2021年5月6日 18時) (
レス) id: bf5ab865ef (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - あっちゃんさん» ガバっと素直に詰め込んでみたお話です。こんなふうに生きてゆけたならそれはそれは眩しいのではないか、とゆう想像の羅列です。完璧に無邪気であることの尊さに憧れながら、そうはいかないことへの失望までを、人生のうちに一度は文章にしてみたいなあと思っていました (2021年5月6日 18時) (レス) id: bf5ab865ef (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - あっちゃんさん» あっちゃんさんお久しぶりです！読み返して頂いて本当にありがとうございます。ピアニッシモにコメント！？とめちゃくちゃビビりましたが、あまりにも温かい言葉に私のほうが泣きそうになりました（笑）とても嬉しいです。ピアニッシモは、私の憧れみたいなものを、→ (2021年5月6日 18時) (レス) id: bf5ab865ef (このIDを非表示/違反報告)
あっちゃん(プロフ) - →思うように過ごせていることを切に、願いたいものもです。回りの雑音なんて気にしない生活を送らせてあげたい。とそんなことを思いながら。長々と失礼しました。これからも素敵なお話をお待ちしてます。いつもありがとうございます。 (2021年4月29日 14時) (レス) id: 178db8b66c (このIDを非表示/違反報告)
あっちゃん(プロフ) - →最後の章は。もう涙が止まらなくて。小説を読んでこんなに泣いたことなかったなあ。…これを書いていても涙してます(´；ω；`) 。そんなお話を書けるきんにくさんが素敵！現世の彼が。同じようなことにならなくてほんとによかったと思うと共に休止中の今を自分の→ (2021年4月29日 14時) (レス) id: 178db8b66c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：きんにく
| 作成日時：2020年6月7日 0時
