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Wish (side S) ページ49

彼の、長い指の間に、白い煙草が挟まっている。

そこから、つうっと細く煙が登るのが、やけに美しく思えた。


「…願掛けだった……、ハタチまで…生きて られるように……」


潤はさっきから、一口も吸っていなかった。

無意味に生産された灰だけが、ぼろぼろと灰皿の上に落ちていった。


厚みのある唇が、悲痛に歪む。

悔しさと怒りをごちゃ混ぜにして、潤は泣こうとしていた。


火をつけていない煙草は、85ミリの長さがある。およそ8センチ。


それがまるごと、亡くなった大野くんの胃の中に入っていた。



「……苦しかったら……吸えって、言ったんだ…ハタチになっても、まだ苦しかったら…って」



8センチの、しかも紙のカサカサした煙草は、するりと喉を通らないだろう。

手足を縛られていたというから、それを飲み込むのは、至難の業だったはずだ。

だけど、折れずに、まっすぐ入っていた。



ドン、と潤がテーブルを叩いた。

隣の客が、不審そうな目で俺たちのことを見る。


「潤…、落ち着いて」

「だって…!…んな…、どんな気持ちで……あれ飲むんだよ…」

「…分かったよ…分かるよ、だから」

「…待てなかったんだ、苦しかったんだろ…っ、だれか…誰か居なかったのかよ…!なんで誰も…あいつの見てるものを…」

「おい…、」


肩が震えていた。潤は泣こうとしているのに、涙が全く落ちなかった。

こんなに苦しそうに唇を噛むのに。


煙草の灰だけが、涙の代わりにぼとぼとと落ちていく。



「あいつの……聴いてるものを…聴いてやるだけで 良かったん だ……」



煙草は、もうほとんど全部、灰になっていて

迫り来る火が 潤の指を焼くのに、彼はそれを少しも気に留めなかった。



オーダーミスから、サービスになったビールの、ぽつぽつと昇る泡が、やたら綺麗に見えて。



その横に、無造作に置いてある、ライトグリーンのパッケージの煙草の箱に

《 pianissimo 》と書いてあった。



「ピアニッシモ……」



呟いて、苦くてぬるいビールを口に運んだら

大野くんがなれなかった、大人の味が口腔内で踊った。



そしたらふいに、


まだ口をつけられていないサービスのビールを、彼のものにしたくなって


俯く潤を、横目で見ながら


「成人おめでとう」と、コツンと自分のグラスをぶつけた。



カチ…という、小さな小さな、音がした。



.

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きんにく(プロフ) - あっちゃんさん» →もしかしたら誰かの気を悪くしてしまうかもしれなかったお話ですが、こんなふうに温かいコメントを、時間が経っても頂けることを本当に有り難く思います。なんだか下手な解説みたいになっちゃいました。読み返してみると恥ずかしい所だらけなんですけどね(笑)あはは (2021年5月6日 18時) (レス) id: bf5ab865ef (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - あっちゃんさん» ガバっと素直に詰め込んでみたお話です。こんなふうに生きてゆけたならそれはそれは眩しいのではないか、とゆう想像の羅列です。完璧に無邪気であることの尊さに憧れながら、そうはいかないことへの失望までを、人生のうちに一度は文章にしてみたいなあと思っていました (2021年5月6日 18時) (レス) id: bf5ab865ef (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - あっちゃんさん» あっちゃんさんお久しぶりです!読み返して頂いて本当にありがとうございます。ピアニッシモにコメント!?とめちゃくちゃビビりましたが、あまりにも温かい言葉に私のほうが泣きそうになりました(笑)とても嬉しいです。ピアニッシモは、私の憧れみたいなものを、→ (2021年5月6日 18時) (レス) id: bf5ab865ef (このIDを非表示/違反報告)
あっちゃん(プロフ) - →思うように過ごせていることを切に、願いたいものもです。回りの雑音なんて気にしない生活を送らせてあげたい。とそんなことを思いながら。長々と失礼しました。これからも素敵なお話をお待ちしてます。いつもありがとうございます。 (2021年4月29日 14時) (レス) id: 178db8b66c (このIDを非表示/違反報告)
あっちゃん(プロフ) - →最後の章は。もう涙が止まらなくて。小説を読んでこんなに泣いたことなかったなあ。…これを書いていても涙してます(´;ω;`) 。そんなお話を書けるきんにくさんが素敵!現世の彼が。同じようなことにならなくてほんとによかったと思うと共に休止中の今を自分の→ (2021年4月29日 14時) (レス) id: 178db8b66c (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:きんにく | 作成日時:2020年6月7日 0時

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