farewell ページ47
.
【四六時中ピアノに縛り付けられているのと、四六時中まっしろな部屋で手足を拘束されているのは、どちらが地獄なんだろうか。】
.
縛り付けられて生きるのと、縛り付けられて死ぬのとでは、どちらが地獄なんだろうか。
そんなことを考える。
答えは出ないけど、そうすると、苦しみの中で智と繋がっていられるような気がして。
智があまりにも急に、コトリと死んだものだから、俺は追いつけなかった。
最後の最後まで、首輪のついてない猫のように、俺を振り回した。
さいご。
卒業式の日、智が言った、「これで最後にする」は、ほんとうに最後だった。
智は、それを予感していたのだろうか。それとも、まぐれか。
分からない。
智に聞いたら分かるけど、それは出来ない。
だってもう、智は居ないのだから。
智の家族は、もうあの街から、姿を消してしまったらしい。
.
「…また泣きゆう」
.
ときどき、わけもなく突然に、涙が止まらなくなることがある。
それは本当に突然で、冷蔵庫のブーン…と小さく鳴る音を聴いたときだったり、犬の散歩をしている子どもを見かけたときだったり、大学の講義で教授が、コホンと咳をしたときだったりする。
咲玖が、キッチンで何かを煮込んでいた。
それを、甘そうだ…と思ったら、涙が出た。
「どっか痛いが？」
頭を優しく抱かれても、壊れた蛇口みたいに涙が出た。
少しずつ、永遠を思わせる長さで、ぽとぽと落ちた。
「…泣かんといてよ……」
智が死んだ。
だけどよく考えたら、俺は智がこの先 生きていくのを、全然想像できなかった。
智が20歳になったり、30歳になったり、40歳になったりするのを。
「咲玖、…さく」
「なに」
結局、智には、眩しすぎたのだ。
智にとってこの世界は、広すぎて、狭すぎて、綺麗すぎて、汚すぎた。
陽の光はその肌を容赦なく刺し、海はごくりとその痩身を飲もうとし、空は、届かないだろうとその手をせせら笑った。
だけど、どれもが美しく、優しかった。
「…苦し……、」
「大丈夫」
苦しかったと思う。
智はたびたび、美しさに圧し潰されたような顔をしていた。
「和也くん…、うちな」
智は、生きていけなかった。
「智くんが死んでよかったと思っとう」
生きていけなかったのだ。
「だっていつも、飲み込まれそうやったもん」
あのまま居たら、世界に飲まれてしまうところだったから。
「和也くんが、智くんに」
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 170人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
きんにく(プロフ) - あっちゃんさん» →もしかしたら誰かの気を悪くしてしまうかもしれなかったお話ですが、こんなふうに温かいコメントを、時間が経っても頂けることを本当に有り難く思います。なんだか下手な解説みたいになっちゃいました。読み返してみると恥ずかしい所だらけなんですけどね（笑）あはは (2021年5月6日 18時) (
レス) id: bf5ab865ef (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - あっちゃんさん» ガバっと素直に詰め込んでみたお話です。こんなふうに生きてゆけたならそれはそれは眩しいのではないか、とゆう想像の羅列です。完璧に無邪気であることの尊さに憧れながら、そうはいかないことへの失望までを、人生のうちに一度は文章にしてみたいなあと思っていました (2021年5月6日 18時) (レス) id: bf5ab865ef (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - あっちゃんさん» あっちゃんさんお久しぶりです！読み返して頂いて本当にありがとうございます。ピアニッシモにコメント！？とめちゃくちゃビビりましたが、あまりにも温かい言葉に私のほうが泣きそうになりました（笑）とても嬉しいです。ピアニッシモは、私の憧れみたいなものを、→ (2021年5月6日 18時) (レス) id: bf5ab865ef (このIDを非表示/違反報告)
あっちゃん(プロフ) - →思うように過ごせていることを切に、願いたいものもです。回りの雑音なんて気にしない生活を送らせてあげたい。とそんなことを思いながら。長々と失礼しました。これからも素敵なお話をお待ちしてます。いつもありがとうございます。 (2021年4月29日 14時) (レス) id: 178db8b66c (このIDを非表示/違反報告)
あっちゃん(プロフ) - →最後の章は。もう涙が止まらなくて。小説を読んでこんなに泣いたことなかったなあ。…これを書いていても涙してます(´；ω；`) 。そんなお話を書けるきんにくさんが素敵！現世の彼が。同じようなことにならなくてほんとによかったと思うと共に休止中の今を自分の→ (2021年4月29日 14時) (レス) id: 178db8b66c (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：きんにく
| 作成日時：2020年6月7日 0時
