mind ページ35
そこに落ちていたのは、鳩かスズメの、抜けた羽だった。
幼い頃、母親に「汚いから絶対に触るな」と言われていたアレを
智は人差し指と親指でつまみあげて、くるくると回した。
色は煙草の吸殻のようで、全然美しくなく、毛並みは最悪、ところどころによく分からない液体が絡んで、汚い束になっている。
「あーあ…」
あーあ。
何回、あーあ…。と思ったか分からない。何回言ったか分からない。
智が俺に言わせる言葉はたいがい、「あーあ」か「あーもう、」である。
鳥の羽は、あまりにも不潔だったから、同じ低さにしゃがんで、その手首を掴んだ。
「離して、それ。寄り道しないって言ったでしょ」
いやだ、というふうに、智の手にきゅっと手に力が入る。
ゴミより汚れた羽と、するりと伸びた智の指。
バランスが悪すぎる。
しんと動きを止めた智の顔が気になって、覗き込んだら、死んだカエルを見つけたときと同じ顔をしていた。
これまた無垢な顔に大人びた瞳を貼り付けている。
どうしてこうも、ちぐはぐなんだろう…
櫻井先生に言うぞ、と言いかけて、やめた。
強い日ざしが、しゃがんだ背中に熱い。保健室で計った智の体温は39度だった。
なのに、羽を持っている方の手に、そっと手を添えるように握ったら、ひんやりとしていた。
バランスが、悪すぎる。目眩がしそうだ。
「…冷たくなってる、手が」
智の手の方が大きくて、完全に包んでやることができなかったので、握った形のまま親指でするすると撫でた。
そしたら、力の抜けた指の間から、醜い羽がポロリと落ちる。
智にはどんなふうに見えてたんだろう、と思う。
「ちょっとさ……休んでもいいんじゃない…、ちょっとぐらい見逃したって……そんなに変わったりしないんだから…」
智の目を、見ないで喋った。
目を見ていなくても、背中合わせでも、俺の声を拾って欲しかったから。
「…ん……」
智に手を握り返されると、羽についていたよく分からない汚れが、自分の手の甲に移った。
あーあ…、と思って苦笑いする。
「海も空も…羽は、まあ…明日には無いかも だけど……寂しかったら」
このとき俺はまだ、性懲りもなく 永遠と絶対を、1ミリも疑っていなかった。
「居てあげるし…ずっと」
最初から、今日の太陽が明日、同じように光らないことを心得ていた智は
優しさからか、哀れみからか
俺のそのような口約束に、ゆるく微笑んで、応えた。
.
170人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
きんにく(プロフ) - あっちゃんさん» →もしかしたら誰かの気を悪くしてしまうかもしれなかったお話ですが、こんなふうに温かいコメントを、時間が経っても頂けることを本当に有り難く思います。なんだか下手な解説みたいになっちゃいました。読み返してみると恥ずかしい所だらけなんですけどね(笑)あはは (2021年5月6日 18時) (レス) id: bf5ab865ef (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - あっちゃんさん» ガバっと素直に詰め込んでみたお話です。こんなふうに生きてゆけたならそれはそれは眩しいのではないか、とゆう想像の羅列です。完璧に無邪気であることの尊さに憧れながら、そうはいかないことへの失望までを、人生のうちに一度は文章にしてみたいなあと思っていました (2021年5月6日 18時) (レス) id: bf5ab865ef (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - あっちゃんさん» あっちゃんさんお久しぶりです!読み返して頂いて本当にありがとうございます。ピアニッシモにコメント!?とめちゃくちゃビビりましたが、あまりにも温かい言葉に私のほうが泣きそうになりました(笑)とても嬉しいです。ピアニッシモは、私の憧れみたいなものを、→ (2021年5月6日 18時) (レス) id: bf5ab865ef (このIDを非表示/違反報告)
あっちゃん(プロフ) - →思うように過ごせていることを切に、願いたいものもです。回りの雑音なんて気にしない生活を送らせてあげたい。とそんなことを思いながら。長々と失礼しました。これからも素敵なお話をお待ちしてます。いつもありがとうございます。 (2021年4月29日 14時) (レス) id: 178db8b66c (このIDを非表示/違反報告)
あっちゃん(プロフ) - →最後の章は。もう涙が止まらなくて。小説を読んでこんなに泣いたことなかったなあ。…これを書いていても涙してます(´;ω;`) 。そんなお話を書けるきんにくさんが素敵!現世の彼が。同じようなことにならなくてほんとによかったと思うと共に休止中の今を自分の→ (2021年4月29日 14時) (レス) id: 178db8b66c (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:きんにく | 作成日時:2020年6月7日 0時