someone(side M) ページ19
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「何と話してた、さっき」
胸のあたりに埋まっていた顔が、ふっと上がる。
どこまでも透明感のある瞳をしていた。
----『あんまり…、受け取りすぎるなよ』
----『いっぱいいっぱいで、苦しかったら…、いつでも来ていいから』
受け止め切れないだろう、と思う。
この世界は、たったひとつの脆い身体では、受け止め切れない。
折れるくらいに研ぎ澄まされた感性では、この世界は、苦しすぎるのだ。
本当は、太陽がまぶしい!ということだけで、大野の心は精一杯である筈なのだ。
「何と、話してた?」
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またひとつ 軽い咳をしたので、ゆっくりと背中を擦ってやると、ごつごつした背骨が、そこにしっかり通っていた。
俺と同じような骨が、この子の身体の中に通っている。
「…話して、ない」
控えめに動く唇も、滑らかな肌も、陽の光で痛んだ髪も、血も、皮膚も。
大野の肉体を構成するものすべては
ほとんど、その他の人間と同じ強度で、同じ脆さで、できている。
「風はね……好き勝手に、喋るだけ…」
だから雨に濡れれば、冷たい風に晒されれば、熱い太陽に当たり過ぎれば、その他の多くの人間と同じように、同じ危なさで、身体を壊す。
「…風……、そ…か…、なんて言ってた?」
器を、間違えたのではないかと思う。
もっと強くて果てしない何かに生まれていたら、思う存分、自由に、好きなように
好きなものを、この子は愛せたのに。
「連れてく…、まだ言っちゃだめ、まだ先のことだから…って」
「…ふ(笑)めっちゃ賢いじゃん、風のくせに」
いつもの調子で笑ったら、大野は不安そうな顔をした。
「なんで悲しいのに笑ってんの?」
そう言われて、ぺた、と繊細な指で目元を触られた。
まるで、そこに涙が零れているかのように、大野は俺の目元を触った。心配そうに、撫でた。
お前が悲しくさせてるんだよ、とは言わなかった。あまりにも、丁寧に触れられたからだ。
「大人だからだよ」
涙を我慢してそう言えば、不思議そうな顔をする。
ああ、この子を置いて、行きたくない。
「大人になったら、そうなんの?」
「だいたいな」
「ふぅん…」
「大人になりたくない?」
せめてあと1年。
卒業するまでで良い。
「どっちでもいい」
だってそうしないと
誰が、この子に毛布を敷いてやるんだ?
誰が、この子に見えている世界を
カンバスに吐き出させて、やるんだよ
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きんにく(プロフ) - あっちゃんさん» →もしかしたら誰かの気を悪くしてしまうかもしれなかったお話ですが、こんなふうに温かいコメントを、時間が経っても頂けることを本当に有り難く思います。なんだか下手な解説みたいになっちゃいました。読み返してみると恥ずかしい所だらけなんですけどね(笑)あはは (2021年5月6日 18時) (レス) id: bf5ab865ef (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - あっちゃんさん» ガバっと素直に詰め込んでみたお話です。こんなふうに生きてゆけたならそれはそれは眩しいのではないか、とゆう想像の羅列です。完璧に無邪気であることの尊さに憧れながら、そうはいかないことへの失望までを、人生のうちに一度は文章にしてみたいなあと思っていました (2021年5月6日 18時) (レス) id: bf5ab865ef (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - あっちゃんさん» あっちゃんさんお久しぶりです!読み返して頂いて本当にありがとうございます。ピアニッシモにコメント!?とめちゃくちゃビビりましたが、あまりにも温かい言葉に私のほうが泣きそうになりました(笑)とても嬉しいです。ピアニッシモは、私の憧れみたいなものを、→ (2021年5月6日 18時) (レス) id: bf5ab865ef (このIDを非表示/違反報告)
あっちゃん(プロフ) - →思うように過ごせていることを切に、願いたいものもです。回りの雑音なんて気にしない生活を送らせてあげたい。とそんなことを思いながら。長々と失礼しました。これからも素敵なお話をお待ちしてます。いつもありがとうございます。 (2021年4月29日 14時) (レス) id: 178db8b66c (このIDを非表示/違反報告)
あっちゃん(プロフ) - →最後の章は。もう涙が止まらなくて。小説を読んでこんなに泣いたことなかったなあ。…これを書いていても涙してます(´;ω;`) 。そんなお話を書けるきんにくさんが素敵!現世の彼が。同じようなことにならなくてほんとによかったと思うと共に休止中の今を自分の→ (2021年4月29日 14時) (レス) id: 178db8b66c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年6月7日 0時