like like like ページ15
.
去年の11月、智は泣いてばかりいたけど
今年の11月は、智は俺に夢中だった。
秋という季節は、彼の心のメーターみたいなものを、喜怒哀楽・愛・憎・欲のどれかに振り切ってしまうのだろうか。
.
おはよ、と挨拶しただけで、飛びついてくることがある。
朝の教室で、である。
周りがざわつくので、本当にやめてほしいのだけど、本人はそんなこと1ミリも気にしない様子で、俺の肩に頬を擦りつけてくる。
昼休みにピアノを弾きに行けば、のこのことついてきて、弾きもしないのに同じ椅子に座ってくる。
だから俺は、腰を微妙に右に傾けながら弾かなければならなくなる。
いつも、弾いている間は、ぼーっと空中を見て、静かにしていたのに
じっと俺の顔を見つめ、ときどき、たまりかねたように(何に?)腕をぎゅっと掴んでくることがある。
「今年もコンクールあった?」
「あったよ」
「どうだったの?」
智にとって遊び道具の宝庫である帰り道でも、
毎日、というわけではないが、空や地面に目もくれず、歩いている間ずうっと、俺のほうを向いていることが増えた。
「一番になった」
俺の嬉しいことが、その何倍も嬉しいみたいに、きゅっと下唇を噛む。
前にもこんな顔を見たことがある。あれは1年生の夏だったか。
愛しさに首を絞められたような顔だ。ペットショップで、飼えない犬を見つめる子どもみたいな。
「すごい…!」
頭を沈めるように抱き着かれた。
ジャスミンの香水は振らなくてもいいんじゃない、と言ったら、その次の日からやめてきた。
赤ん坊のような香りがする。俺はけっこう、これを良いと思う。
きゃあきゃあと騒ぐ智の 屈託のない笑顔を見ていると、知らないうちにこっちも頬が緩んでいる。
「智重いよ、(笑)」
俺はそのたびに、ふふ、と幸せに緩んだ頬を、ひっそりと引き締めなければならない。
智の感情は全て、刹那的だからだ。
そんなにも全開で愛されると、元に戻ったときに、いらないダメージを受けなければならないかもしれない。
「すごい、」
「分かったよ、どけって(笑)」
おめでとうとは、言えないらしい。
衝動に任せて 刹那的に注がれる愛情は、とびきり甘くて嬉しかったけど、切なさが滲む分うまく受け止められなかった。
.
結局、去年よりもマシな寒さの冬が来てからも、智は俺にベッタリで
2月のある日、その執着はウソみたいに終わった。
.
松本先生が、この学校を離任することになった。
170人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
きんにく(プロフ) - あっちゃんさん» →もしかしたら誰かの気を悪くしてしまうかもしれなかったお話ですが、こんなふうに温かいコメントを、時間が経っても頂けることを本当に有り難く思います。なんだか下手な解説みたいになっちゃいました。読み返してみると恥ずかしい所だらけなんですけどね(笑)あはは (2021年5月6日 18時) (レス) id: bf5ab865ef (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - あっちゃんさん» ガバっと素直に詰め込んでみたお話です。こんなふうに生きてゆけたならそれはそれは眩しいのではないか、とゆう想像の羅列です。完璧に無邪気であることの尊さに憧れながら、そうはいかないことへの失望までを、人生のうちに一度は文章にしてみたいなあと思っていました (2021年5月6日 18時) (レス) id: bf5ab865ef (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - あっちゃんさん» あっちゃんさんお久しぶりです!読み返して頂いて本当にありがとうございます。ピアニッシモにコメント!?とめちゃくちゃビビりましたが、あまりにも温かい言葉に私のほうが泣きそうになりました(笑)とても嬉しいです。ピアニッシモは、私の憧れみたいなものを、→ (2021年5月6日 18時) (レス) id: bf5ab865ef (このIDを非表示/違反報告)
あっちゃん(プロフ) - →思うように過ごせていることを切に、願いたいものもです。回りの雑音なんて気にしない生活を送らせてあげたい。とそんなことを思いながら。長々と失礼しました。これからも素敵なお話をお待ちしてます。いつもありがとうございます。 (2021年4月29日 14時) (レス) id: 178db8b66c (このIDを非表示/違反報告)
あっちゃん(プロフ) - →最後の章は。もう涙が止まらなくて。小説を読んでこんなに泣いたことなかったなあ。…これを書いていても涙してます(´;ω;`) 。そんなお話を書けるきんにくさんが素敵!現世の彼が。同じようなことにならなくてほんとによかったと思うと共に休止中の今を自分の→ (2021年4月29日 14時) (レス) id: 178db8b66c (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:きんにく | 作成日時:2020年6月7日 0時