scared ページ2
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保健室の空気は、鉛のようだと形容しても 足りないくらいに重かった。
「…はぁ…、なんでなんだろ…」
櫻井先生が、世界一壊れやすいものを触る手つきで、智の前髪を掻きあげた。
いつも安心したようにふっとゆるむ眉が、今日は死んだように動かない。
智は、消耗しきった様子で眠っていて、もう二度と目を開けないと言われても、10人中6人くらいは信じるんじゃないかと思った。
「すみません…クラスの子たち、置いてきちゃってて…」
日向先生が、申し訳なさそうに言う。智の口元を拭った手が、最高に優しかったな、とぼんやり思った。
「ああ、ありがとう。本当に助かった…、戻ってください」
「失礼します」
ぱたぱたと日向先生が行ってしまって、櫻井先生が、突っ立ったままの俺と相葉くんを見た。
困ったように笑う。
「授業…、戻る?」
戻りなさい、じゃなくて、戻る?と言う。
智を見た。
こんな寝顔、見たことがない。
いつもいつも、綺麗な夢を探す途中みたいな、無垢な顔で眠っていたのだ。
頬に残る涙の跡が、痛い。痩せた頬が、濡れた睫毛が。
俺は智の、純粋で透明な涙が大好きだった。でも、こんなのちっとも望んでいない。
「戻りたくない……」
駄々をこねるようにそう言って、智の顔がある近くに突っ伏した。手を握った。予想していた以上に冷たかった。
----『苦しいのを一人で、おしまいに、しないで』
何に苦しめられているのか分からない。智が大切なことを言わないからだ。
意図して言わないのではない。うまく言えないのだ。分かっている。
分かってる…
「クソっ……」
自分の無力が歯がゆくてならず、何かに当たりたくて、シーツをぎゅっと握りしめた。
清潔な柔軟剤の香りがする。
「カズ…」
何かに当たりたくて、でも何も当たるものが見つからなかった。保健室にあるものは、櫻井先生の大切なものだから、壊せない。
そっと、先生か相葉くんのどちらかが、肩に手を置いてくれた。こっちは信じられないくらい、温かかった。相葉くんかもしれない。櫻井先生の手は、冷たいから。
「一緒に居たら死ぬぞって、言うんだ…」
だから、その温かさに、委ねた。
「また落ちるぞって、言って…泣くんだよ……」
肩に置かれた手が、ぴくりと動く。
驚いたように、息を吸った音がして…顔を上げたら、ひどく動揺したようすで、相葉くんが智を見ていた。
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きんにく(プロフ) - あっちゃんさん» →もしかしたら誰かの気を悪くしてしまうかもしれなかったお話ですが、こんなふうに温かいコメントを、時間が経っても頂けることを本当に有り難く思います。なんだか下手な解説みたいになっちゃいました。読み返してみると恥ずかしい所だらけなんですけどね(笑)あはは (2021年5月6日 18時) (レス) id: bf5ab865ef (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - あっちゃんさん» ガバっと素直に詰め込んでみたお話です。こんなふうに生きてゆけたならそれはそれは眩しいのではないか、とゆう想像の羅列です。完璧に無邪気であることの尊さに憧れながら、そうはいかないことへの失望までを、人生のうちに一度は文章にしてみたいなあと思っていました (2021年5月6日 18時) (レス) id: bf5ab865ef (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - あっちゃんさん» あっちゃんさんお久しぶりです!読み返して頂いて本当にありがとうございます。ピアニッシモにコメント!?とめちゃくちゃビビりましたが、あまりにも温かい言葉に私のほうが泣きそうになりました(笑)とても嬉しいです。ピアニッシモは、私の憧れみたいなものを、→ (2021年5月6日 18時) (レス) id: bf5ab865ef (このIDを非表示/違反報告)
あっちゃん(プロフ) - →思うように過ごせていることを切に、願いたいものもです。回りの雑音なんて気にしない生活を送らせてあげたい。とそんなことを思いながら。長々と失礼しました。これからも素敵なお話をお待ちしてます。いつもありがとうございます。 (2021年4月29日 14時) (レス) id: 178db8b66c (このIDを非表示/違反報告)
あっちゃん(プロフ) - →最後の章は。もう涙が止まらなくて。小説を読んでこんなに泣いたことなかったなあ。…これを書いていても涙してます(´;ω;`) 。そんなお話を書けるきんにくさんが素敵!現世の彼が。同じようなことにならなくてほんとによかったと思うと共に休止中の今を自分の→ (2021年4月29日 14時) (レス) id: 178db8b66c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年6月7日 0時