ピアニッシモ4 【O/N】[ARS]

rage ページ31

「あ、櫻井先生だ」


ぎゅ、とさらに窓ガラスに押し付けられた。

すぐ後ろの男子生徒の息が、首にかかる。熱気がこもって、息がしづらい。


ふ…とすこし大きく息をついたら、目の前のガラスが曇って、それを、にゅっと後ろから伸びてきた手が、さっと乱暴に擦った。


満員電車に乗ったことがないけど、たぶん満員電車みたいな密集だった。

こんななら、俺は一生、満員電車になんか乗らない。窒息しそうだ。


櫻井先生が、智のところに駆けつけたことにより、智が消えてしまうんじゃないかという意味不明な不安はなくなった。

だから、今はただひたすら…そっちに行きたくて

この生徒の群れを、抜け出したいのに、なんせ一番窓ガラス側に居るので、身動きがとれない。



「何してる？」「分からん、起こしてる」
「やっぱ寝てた」「まじかよ」「先生イケメン」
「かっこいい」

「てゆうか生きてるん」「だいたいなんであんな」
「バカじゃねぇの」「中学んときの大野知ってる？」
「わたし同中」「まじ？」「やばいよ」
「暴れてた？」「もうすごいよ」


無邪気な言葉の刃が、痛い。


はやく、智のところへ行きたい。雨にそんなに濡れていたら、寒そうだ。

智は雨が好きだけど、遊びすぎたら風邪を引く。限度を知らないからだ。

くしゅん、とくしゃみをしたら、「もう終わりにしな」と言ってやらないといけない。

言ってやらないと。


「櫻井先生優しい、」「え？」
「みて、傘、差してあげた」
「うわー、かっこいい」「おまえら顔やろ」
「先生が濡れてるじゃん」「かわいそー」

「てゆうか全然」「起きないじゃんね」
「反応してる？」「見えない」
「してない」

「先生がずっと何か言ってる」
「あ、」
「聞こえてんの？」「さあ」
「てゆうか、」「きちがいなんでしょ」



薄い紙でも、指を切る。

これっぽちの言葉でも、脆い心は、かんたんに血を流す。


智の心は、どうだろう。


ポンコツだから、そんな刃、気付きもしないのかもしれない。

それとも、もうとっくに……



「てゆうかあいつ言葉わかるん(笑)」



ガシャ！という音がした。カラリ、とガラスの破片が床に落ちる。


「ひっ」


誰かの、息を飲む声。


手の甲が、やたらじんじんと痛んで……そこで、気付いた。


自分の拳が、目の前のガラスを叩いて、クモの巣のような割れ目を作っている。



「……何がそんなに面白い？」



喉から這うように出た声が、自分のものとは思えないほど、低かった。

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