It... ページ26
その光景を見られなかったのは、窓が中庭に面していない 実験室にいた生徒と
体育館で体育をしていた生徒。あとその他の、…分からないけど、その他の都合がある生徒。
つまり、各教室で授業を受けていた生徒たちは、たぶん一人残らず、ソレを目にした。
1時間目は数学だった。
俺のクラスで、一番最初に見つけた男子生徒は、もう問題を解き終わったか、早々に諦めたかして、とにかくシャーペンを放り出し、窓の外の降りしきる雨に目をやったんだと思う。
「…れ…、なんだ あれ…」
その小さな呟きは、その前の席の女子生徒にだけ聞こえて…その女の子も、自然と、呟きの純粋さに釣られて窓の外を見た。んだと思う。
そして、見つけたものに目を丸くし、そのあと眉をしかめた。
「…生徒だよね?」
「うん、何してる?あれ」
「分かんない」
静かな教室の隅で繰り広げられた会話は、好奇心のようなものを含んでいて、噂話の要領で 瞬く間に広がった。
「…ちょっと何?どうしたの?ざわざわして」
先生が、黒板に打ち付けていたチョークを止めて、振り向く。
生徒たちのコソコソという話し声は、声を潜めているフリをしているが、先生はやく聞いてくれよ、というじれったい気持ちも内包していた。
「せんせ、見て、あれ…」
ひとりの男子生徒がチョイチョイと窓の外を指差すと、クラスの全員がその方向を見た。
俺も。
「なに〜?中庭?…集中してよもう…」
ガタン、と音を立てて椅子から立ち上がり、窓に顔を貼り付けて、中庭を覗いたのは、たぶん俺が一番最初。
1人が席を立てば、そうしたかったヤツらがみんな真似をして、廊下側の生徒たちがワラワラと窓側に集まってきた。
「ちょっともう…席立たないで…」
呆れたような声を上げた先生も、その光景に絶句した。
「まってアレ誰?」「やばくない?」
「え、ちょっと大丈夫、あれ」
みんながそれを見たがって、ぐ、と身体が窓に押さえつけられた。
中庭の真ん中に、大きなケヤキの木がある。
「てゆうかアレ……大野じゃね」「だよね」
中庭を挟んで向かい側の教室でも、おんなじような人だかりが、窓側にできていた。
みんな、みんながケヤキの木を見ている。
全員が、その大木と、根っこに包まれるようにして眠るそいつを
さまざまな形の好奇心で、さまざまな形の理由をもって、夢中で見ていた。
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きんにく(プロフ) - くろしばさん» 温かいコメントをありがとうございます、他の作品のことも見てくださっているのですね・・・こちらこそ感謝が足りません。日々精進していきます!ありがとうしか言葉がでなくてすみません(笑) (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - ゆきのすけさん» 素敵なお言葉をいただけて嬉しいです!知識不足文章能力等、まだまだ課題はたくさんですが、そう言っていただけると救われます。一生懸命書きます!ありがとうございます。 (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
くろしば(プロフ) - 唯一無二のストーリーはもちろん、その繊細な文章構成や選び抜かれた表現にはいつも驚きや優しさがあり、とても強く感情を揺さぶられます。この作品をはじめ、きんにくさんの作品に出会えたことに感謝するばかりです。微力ながら、これからも応援させていただきます。 (2020年6月1日 2時) (レス) id: a32bce887b (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - 情景が、主人公の表情が、心情が、胸が痛むほど繊細に流れこんできました。考えること無く流れこんでくるそれはとても心地がいい筈なのに、その分強く心を揺さぶられました。この作品に出会えて良かった…有難う御座います。これからも、心より応援しております…! (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - シリーズの一話を何の気なしに覗いてから、気付いたら狂ったようにこの作品だけを、求めて読んでいました。20年間生きてきて、占ツク以外でも沢山の本を読んで来ましたが、こんなにも引き込まれた物語は正直言って初めてです。 (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年5月17日 12時