question(side A) ページ8
「でも、ひとつだけ聞いてもいい?」
全ての皿を洗い終わった千夜子は、拭くのを手伝ってくれる。
にこりと笑って、冗談を言う前みたいな目をした。
「付き合ってたとかではない?その…『おおちゃん』と」
冗談はんぶん、本気はんぶん。そんな表情。
たしかに、なんにも分からなかったのに、突然その人に思い出を掘り起こさせれそうになったら、そういう発想になるだろう。
その人が自分にとってどういう存在だったのか。
「ふふ…付き合っては……なかったかな…」
「へへ…そっか」
でも どうしようもないくらい追いかけてた、とは言わなかった。
言わなくても、分かるだろう。
あの夜、星も海も風も置き去りにして、ただ大ちゃんのところに走ったのだ。衝動的に。
「ざんねん(笑)彼氏の一人くらい、いたんじゃないかって思ったけど」
照れたように千夜子は笑った。
記憶がなくて不安なこともあるだろうに、家族を気遣って、聞きたいことも聞けずにいるのは、どんな気持ちなんだろう。
たぶんオレが想像したところで、とうてい及ばないんだろうな…
『ふふっ、泣き虫はしーらない。遊んであげなーい』
そうだ…幼いころから、千夜子は強い女の子だった。
よく泣かされてたっけ…お兄ちゃんなのに…
.
「てゆうかさー、」
突然、千夜子が声の調子を変えて言った。
「私ってモテなかったの?…けっこう良いもの持ってると思うんだけど?」
「へ?」
おてんばな話しかた。
コップを食器棚に戻してから振り向くと、ひとつにまとめた長い髪を、くるくると手で弄んでいる。
「さらさらヘア〜♪」
「ふっ…(笑)」
あぶない。涙が出そうだった。
おどけてポーズを決める千夜子の頭を、ぜんぜん痛くないようにはたく。
「調子に乗らない(笑)」
「なによー」
千夜子の努力や、気遣いのおかげかもしれないけど、こんなふうに笑いあったのは久しぶりで、気を抜いたら泣けてしまった。
他愛もない会話が、いちばん幸せだなんて。
失って初めて気付くものがあるというけど、実際、失って初めて気付いたら、けっこうな切なさも、一緒に来た。
ほんとうに失っていたんだな、という切なさ。
「私ちょっと、お母さんとお喋りしてくる」
「わーありがと、いってらっしゃい」
千夜子の、しゃんと伸びた背筋を見て思う。
この、グラグラした心を、どうにかしよう。
オレが、もっともっと、強くならないといけない。
強く、なりたい。
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きんにく(プロフ) - くろしばさん» 温かいコメントをありがとうございます、他の作品のことも見てくださっているのですね・・・こちらこそ感謝が足りません。日々精進していきます!ありがとうしか言葉がでなくてすみません(笑) (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - ゆきのすけさん» 素敵なお言葉をいただけて嬉しいです!知識不足文章能力等、まだまだ課題はたくさんですが、そう言っていただけると救われます。一生懸命書きます!ありがとうございます。 (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
くろしば(プロフ) - 唯一無二のストーリーはもちろん、その繊細な文章構成や選び抜かれた表現にはいつも驚きや優しさがあり、とても強く感情を揺さぶられます。この作品をはじめ、きんにくさんの作品に出会えたことに感謝するばかりです。微力ながら、これからも応援させていただきます。 (2020年6月1日 2時) (レス) id: a32bce887b (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - 情景が、主人公の表情が、心情が、胸が痛むほど繊細に流れこんできました。考えること無く流れこんでくるそれはとても心地がいい筈なのに、その分強く心を揺さぶられました。この作品に出会えて良かった…有難う御座います。これからも、心より応援しております…! (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - シリーズの一話を何の気なしに覗いてから、気付いたら狂ったようにこの作品だけを、求めて読んでいました。20年間生きてきて、占ツク以外でも沢山の本を読んで来ましたが、こんなにも引き込まれた物語は正直言って初めてです。 (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年5月17日 12時