equality ページ39
「さっき電話で、濱田くんから状況を聞いたよ…」
櫻井先生が、穏やかな声で言う。白衣を着ていなくて、髪が少し乱れていた。
先生も、俺のこの件で振り回されたんだろうと察する。申し訳ない。
先生が言う「濱田くんから聞いた状況」は、ほぼ正確に、俺のと合っていた。
ハマダ、という生徒の顔を、全然思い出せなくて困る。男だった、ということしか記憶にない。
「正直に話してくれたし…、すごく反省してた……二宮くんも、怖い思いしたと思うけど…」
「分かってます、大丈夫です…、先に殴ったの、俺だし……もしかしたら、落ちてたのも、ハマダかもしれないし…申し訳ないです、あ、べつにケガは大したことなかったって、ハマダに言って…」
「あー、待って待って」
急に言葉を遮られて、きょとんとしてしまう。
ふっと笑った先生の手が、額に伸びてきた。
当たると、ヒヤリとして気持ちがいい。身体が動かせない心細さで、ちょっとだけ、甘えたくなる。
「つめた……」
「ショックで熱が出てるんだよ、明日には下がる」
「ふぅん……、やだな…」
「…ふふ(笑)普段からそれくらいにしときなさい」
「え?」
熱がうつって温まった手のひらを、裏返す。また冷たくて、今度は目を細めてしまう。
もっと…というのが、顔に出てしまったかもしれない。
これじゃ智と変わらない。
「…そんなに、ものわかりが良くなくていいんだよ」
「え…」
「…痛かったとか、怖かったとか……、あるでしょ…今だって」
ずきん、と痛んだのは腰のあたり。
首筋や背中についた切り傷も、じくじくと痛みを持っている。
櫻井先生の手は、優しい。
.
「……こ…やって…、こうやって、落ちた」
手を身体の中心にぐっと集めて、丸まって落ちた。
おちる、と思ったその次に、手を…と思った。
「…去年、は、スランプだったんだ、うまく弾けなくて、だから今年は」
「うん」
「調子が、良かったの、なに弾いても…うまくいって、だから…」
「うん…」
「……痛かっ…、…」
「大丈夫…」
「…さとしが、」
「うん」
とりとめもなく喋っても、先生は丁寧に相槌をくれた。
涙が、プライドの堤防を破壊して、どんどん出てくる。
「…んで…なんで智が……、あんなふうに言われなきゃいけないの…?」
先生は、医師がそうしたように、俺の手をぎゅっと握り
「もう言わせないから」と、不確実な誓いを立てた。
大きな目に、涙を溜めて。
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きんにく(プロフ) - くろしばさん» 温かいコメントをありがとうございます、他の作品のことも見てくださっているのですね・・・こちらこそ感謝が足りません。日々精進していきます!ありがとうしか言葉がでなくてすみません(笑) (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - ゆきのすけさん» 素敵なお言葉をいただけて嬉しいです!知識不足文章能力等、まだまだ課題はたくさんですが、そう言っていただけると救われます。一生懸命書きます!ありがとうございます。 (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
くろしば(プロフ) - 唯一無二のストーリーはもちろん、その繊細な文章構成や選び抜かれた表現にはいつも驚きや優しさがあり、とても強く感情を揺さぶられます。この作品をはじめ、きんにくさんの作品に出会えたことに感謝するばかりです。微力ながら、これからも応援させていただきます。 (2020年6月1日 2時) (レス) id: a32bce887b (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - 情景が、主人公の表情が、心情が、胸が痛むほど繊細に流れこんできました。考えること無く流れこんでくるそれはとても心地がいい筈なのに、その分強く心を揺さぶられました。この作品に出会えて良かった…有難う御座います。これからも、心より応援しております…! (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - シリーズの一話を何の気なしに覗いてから、気付いたら狂ったようにこの作品だけを、求めて読んでいました。20年間生きてきて、占ツク以外でも沢山の本を読んで来ましたが、こんなにも引き込まれた物語は正直言って初めてです。 (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年5月17日 12時