broken ページ37
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「完全に骨折してはいますが…、転位してないのでね、骨の癒合は、おおむね良好ですので…若いですし…」
2階から転落した俺は、大腿骨の頸部を骨折した。おしりの付け根である。
中庭に植えてあった、背の低い木がクッションになって、最悪の事態は免れたのだ。
ショックで意識を失っていて、目が覚めたらそこは病室。
右側に両親、左側に櫻井先生が座っていて、櫻井先生の隣に、年配の、気の弱そうな医師が立っていた。
「2日間は安静にしていただいて…、3日後から、車椅子での移動を許可しますので…、そのタイミングで歩行訓練も始めてもらいます、お若いのでね、3週間くらいで退院できると思いますね」
医師が見せてくれた下半身のレントゲン。
太いネジが、妙な存在感を放って、骨の割れたところに渡っていた。
明らかに身体の敵に見えるこのネジが(スクリュー、とか言っていたけど)、俺の骨をくっつけるのに重要な役割を果たすらしい。
「あの…」
目を覚ましてからの、第一声は掠れていた。寝起きの情けない声を櫻井先生に聞かれるのは、ちょっと恥ずかしい。
「どうしました?」
「8月のまんなかくらいに、ピアノのコンクールあるんですけど…」
「あんたこんな時に…!」
母が叱るように言った。声が鼻にかかっていて、目のふちは赤かった。
泣いたのか…、と、自分の発言を少し後悔する。そりゃ、心配もかけているだろう。
2階から落ちたのだ。
でも、術後の眠気のせいで、頭がうまく回らず、感情も、夕方のように凪いでいた。
「いや…、8月の中旬なら、座って弾く分には…全然問題ないですよ」
「練習は…」
「うーん、入院は…早い人でも2週間程度です…、あなたの頑張り次第では、1週間くらいは、お家で練習できるかもしれないね…」
「そうですか…」
病室は、5人も人がいるのに、ウソみたいに静かだった。
気が弱そうに見えていた医師は、ただ穏やかな性格だっただけで、適切な説明を、やさしく施してくれた。
「それにしても…」
しわの多い手が、ベッドに投げ出した俺の手を取った。
医師の手は、あたたかかった。
「手と腕だけ…守ったんですね…、咄嗟にできることじゃない……よっぽど…」
優しくされると、心細くなって
ふいに、智は…と思った。
智はどうしてるんだろう。
「リハビリ、頑張ろうね…夏に…ピアノ弾けるように…」
ふ、と母が嗚咽を漏らして
静かに静かに、泣いた。
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きんにく(プロフ) - くろしばさん» 温かいコメントをありがとうございます、他の作品のことも見てくださっているのですね・・・こちらこそ感謝が足りません。日々精進していきます!ありがとうしか言葉がでなくてすみません(笑) (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - ゆきのすけさん» 素敵なお言葉をいただけて嬉しいです!知識不足文章能力等、まだまだ課題はたくさんですが、そう言っていただけると救われます。一生懸命書きます!ありがとうございます。 (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
くろしば(プロフ) - 唯一無二のストーリーはもちろん、その繊細な文章構成や選び抜かれた表現にはいつも驚きや優しさがあり、とても強く感情を揺さぶられます。この作品をはじめ、きんにくさんの作品に出会えたことに感謝するばかりです。微力ながら、これからも応援させていただきます。 (2020年6月1日 2時) (レス) id: a32bce887b (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - 情景が、主人公の表情が、心情が、胸が痛むほど繊細に流れこんできました。考えること無く流れこんでくるそれはとても心地がいい筈なのに、その分強く心を揺さぶられました。この作品に出会えて良かった…有難う御座います。これからも、心より応援しております…! (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - シリーズの一話を何の気なしに覗いてから、気付いたら狂ったようにこの作品だけを、求めて読んでいました。20年間生きてきて、占ツク以外でも沢山の本を読んで来ましたが、こんなにも引き込まれた物語は正直言って初めてです。 (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年5月17日 12時