vomiting(side A) ページ35
雨だけが、今起きていることを知らないみたいに、ざあざあと容赦なく降った。
傘を差しているオレでも、足元は無残に濡れてしまっている。
「…や……嫌だ、カズ」
力の入らない身体で、カズのほうへ行こうとするのを、抱えるようにして止める。
長い間雨に打たれていたせいか、大ちゃんはずいぶん冷え切っていて、その肌に付いた水分が、オレの腕や制服を濡らした。
「カズは大丈夫だよ、先生がついてる…だから」
「ぁ…、いや…!…っはな し て、」
カズ、カズ…と何度も呼んで、大ちゃんは、弱々しく錯乱していた。
ふるふると首を振りながら、不安定な呼吸を繰り返す。
オレを振りほどこうとする力は、ささやかな風よりも弱くて、ゆるゆると腕の中で暴れるのを、ごく小さな力でも押さえることができた。
「大ちゃん、中に入らないと…しんどいでしょ?」
つとめて穏やかに声をかけると、大ちゃんは一瞬、ふっと崩れ落ちそうになった。
傘を捨てて、両手でその身体を支えようとしたけど、差し出した手は振り払われる。
大ちゃんは、自力でなんとか持ちこたえて
そして、ぐっと、俺の胸を引き剥がすように押した。
「大ちゃん…?」
急な拒絶に、戸惑う。
そのときに合った目が、見たことがないほど、虚ろで…
暗くて、なんにも映していなかった。
大ちゃんの瞳は、いつも、いつだって
太陽か星か、その他の綺麗なものを映して、キラキラと輝いていたのに
世界一繊細なカメラみたいに、鮮やかに景色を映し出していたのに。
「……んな…」
「えっ…」
.
「さわんな…っ」
.
大ちゃんの目は、ただのふたつの黒い穴になってしまったようだった。
それが、なんだかすごく怖くて、するりとオレの腕から痩身が逃げ出したのを、もう一度捕まえることができなかった。
大ちゃんはよろめきながら、校舎の壁づたいに歩いてゆき
花壇を2個ほど、通り過ぎたところで、くっ、と背中を震わせて嘔吐した。
口元を押さえた綺麗な指の間から、血の混じった吐瀉物が零れ、
今度こそ本当に、
糸が切れた人形のように 崩れ落ちて、意識を飛ばした。
雨だけが、今起きていることを知らないみたいに、ざあざあと容赦なく降った。
.
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きんにく(プロフ) - くろしばさん» 温かいコメントをありがとうございます、他の作品のことも見てくださっているのですね・・・こちらこそ感謝が足りません。日々精進していきます!ありがとうしか言葉がでなくてすみません(笑) (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - ゆきのすけさん» 素敵なお言葉をいただけて嬉しいです!知識不足文章能力等、まだまだ課題はたくさんですが、そう言っていただけると救われます。一生懸命書きます!ありがとうございます。 (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
くろしば(プロフ) - 唯一無二のストーリーはもちろん、その繊細な文章構成や選び抜かれた表現にはいつも驚きや優しさがあり、とても強く感情を揺さぶられます。この作品をはじめ、きんにくさんの作品に出会えたことに感謝するばかりです。微力ながら、これからも応援させていただきます。 (2020年6月1日 2時) (レス) id: a32bce887b (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - 情景が、主人公の表情が、心情が、胸が痛むほど繊細に流れこんできました。考えること無く流れこんでくるそれはとても心地がいい筈なのに、その分強く心を揺さぶられました。この作品に出会えて良かった…有難う御座います。これからも、心より応援しております…! (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - シリーズの一話を何の気なしに覗いてから、気付いたら狂ったようにこの作品だけを、求めて読んでいました。20年間生きてきて、占ツク以外でも沢山の本を読んで来ましたが、こんなにも引き込まれた物語は正直言って初めてです。 (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年5月17日 12時