拾ってください。

俺を拾って下さい 7 T ページ15

そういえばさっき弾いてくれた曲
なんて名前なんだろう？

そんなこと思いながら
聴きたいものをリクエストすると
すぐに弾いてくれようとするA。

楽譜の棚を見ながら立ち上がったから慌てて止める。



「あーあーあー、今日はいいよ」

弾いたらもう会うの終わっちゃうじゃん。

スマホを見ると来週の火曜日が午後までで次の日が休みだった。

「んーとねぇ…来週！来週の火曜日！」



慌てて言うとAがびっくりしてる。



「平日だよ？」

「うん」

「お休みなの？」

「そー」

「裕太って何してる人なの？」



…おっと。

困る質問が来た。



正直に言うべきか
嘘つくべきか。

でも嘘は良くない。
人としていけないやつだから。



フル回転で頭を働かせて出てきた答えが

「んーとね、自営業」

だった。



嘘じゃないし。

でも正解かって聞かれると確かに微妙だけど。

お店で物を売るんじゃなくて
自分を商売道具にしてるだけだから
自営業だよね。



「お店屋さん？」

「お店じゃないけど自分で商売してる」

「…へーーー」



とりあえずAは納得してくれてるみたいだからいいかな。


せっかくだからご飯も一緒に食べたいけど
指怪我させちゃいけないもんね。

てゆーか今日のご飯アウトじゃない？



そう思って聞くと包丁使ってないって言う。



すごいね今の時代。



チラッと時計見るともう21時。
さすがに女の子の家に居る時間じゃないよね。



「ん。じゃあそろそろ俺帰るね」

「うん…ってアイスは？」

「A食べていーよー」



出来るだけアッサリ帰った。

そうじゃないとまだ居たくなっちゃうから。



頭の隅のアラームはさらに鳴ってる。

『次で最後にしなよ』って。



…わかってる。

いま大事な時期なことも。



でもあの柔らかい顔。

ピアノを弾く時のカッコイイ顔。

あの力強かったり柔らかい演奏。



ずっと見てたいし聞いてたい。



俺の事を知らないから
余計一緒に居たくなってる。



すごく楽だった。
ただの玉森裕太になれるから。



そうは言っても玉森裕太なんだから
これ以上一緒に過ごしちゃダメって分かってる。


でもせめてAがピアノをどうするか決めるまで
見守りたい。



この前倒れかけた俺を助けてくれたお礼をするだけだから。



うん、そうだ。
そうだよな。


そう言い聞かせてAの家を後にする。





もう手遅れなのは
多分どこかで気づいていたけど

この時の俺は見ないフリをした。

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