嘘つきなキス

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「Aっ、大丈夫？」


「へ？」









あれから日曜日を挟んで出勤の日。

まだほとんど誰もいない社内の休憩室でぼーっとコーヒーを入れていると
美月ちゃんが出勤してくるなり心配そうに顔をのぞかせた。









「コーヒー、それもうカップいっぱいだよ？」


「あ…、ほんとだ……」









言われて手元を見てみれば
あと一滴でも入れば零れてしまいそうなマグカップ。

慌てて機械からそっと取り出す。









「ハロウィンの日、はぐれてごめんね？
ほんとに大丈夫だった？」


「あ………うん。」


「私もさ、結構探してたんだけど
途中でナンパされちゃって」


「え？！」









思わぬその発言に、手にしてたコーヒーがまた零れそうになる。









「その人がめちゃくちゃタイプだったから
ついていっちゃったの、ごめんね」


「え、ついて行ったって……、
どこに………？」


「どこって……、ナンパされてすることなんてひとつでしょ？」


「…………」









まさかのまさか、美月ちゃんもあの日私と同じ体験をしてたなんて。

でも、









「ま、ワンナイトだけどね〜。」








と、何でもないことのように言ってのけて
平然と私もコーヒー飲もーっと、って動揺はゼロ。



同じ体験をしてもこうも違うのか。

私なんていまだに腰がやられて歩き方はぎこちないし
ふとした瞬間に思い出しては、一人でひーーー！！って体温上がったり、顔が熱くなったりしちゃうし
彼からの名刺とメモは大事にバッグに閉まってるし

同じワンナイトでも
"初めて"と"初めてじゃない"では
気持ちが全く違うんだと思った。

だって、忘れられない、全然。







「これ、どうしよう」









デスクに戻り、マグカップになみなみと入ったコーヒーに口をつけながら
バッグの内ポケットから出した名刺を見つめる。




この名刺に書かれてる"KISS"というのは
どうやら彼が所属してるバンド名らしく
下の方に、ライブ会場と日程が手書きで書き加えられていた。

また連絡ちょうだい、なんて本気なのかどうか分からなくて、連絡もできないまま
どうしたらいいかずっと頭を悩ませていた。


それにライブの日程。


これって観に来てよってことなのかな。








「もーわかんないよっ！」







始業時間になるまでずっと名刺を見つめたまま
私は大きなため息をついた。

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