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身体が奈落に落ちていくような感覚がして、目が覚めた。夢から弾かれたように開かれた瞳は不鮮明な景色を視認し、慌てて上半身を起こそうとした。途端、身体中に走った激痛に呻いて再びベッドに体を鎮める。下敷きになった髪の毛が乾いた軽い音を立てた。意識を失う前と明らかに違う場所であることに脳が警鐘を鳴らしていた。鼻につく臭いは薬特有の其れだ。中華風の窓からは柔らかい太陽の光が差し込んでおり、それが照らす部屋の床は畳ではなく木張りだ。
 扉が開く音がして目線だけで横を見やると、白衣を纏った青年がにこやかな笑みを浮かべながら入ってくるところだった。朱色で目じりが彩られた灰色の眼が此方の目と合う。僅かにも感じられない敵意に寧ろ警戒心が鎌首を擡げた。
「あ。目、覚めた?」
 起きた気配がしてから入室したのだろうに態々投げかけられたその言葉に、彼女は顔を顰めて口を開いた。しかし、案の定乾ききった舌が上手く動かず、漏れ出たのは言葉になり損ねた息の音だった。今まで何回か経験したことのある、未だ慣れない感覚だ。
「…………」
「まあ、とりあえず水でも飲みな。ほら」
 男が持ってきた盆の上に乗せられたグラスを手に取り、彼女に差し出した。彼女が訝しげにグラスと男の顔を交互に見ていると、男は苦笑いしてグラスの中の水を一口飲んでみせた。
「大丈夫、毒は入ってないよ。それとも、一人で飲めないから飲ませてほしいってこと?」
 彼女は小さく首を振ると、グラスに手を伸ばした。グラスを手渡し、彼女の背を支えて飲みやすい体勢を取らせた青年は、ベッド横の椅子に腰かけた。乾いた唇がガラスの縁を食み、ゆっくりとグラスを傾けていく。小さく喉が上下し、水が嚥下されていく様子を膝に肘をついてじっと眺める。
 水を飲み干した彼女はグラスを青年に渡すと、喉を抑えながら掠れた声で言った。
「ありがとう、ございます。私は、」
「僕は白澤。中国の神獣ね。キミは恐らく気長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)―――武神じゃない?」
「……よく、わかりましたね」
 気長足姫尊、またの名を神功皇后。他にも呼び名は様々にあるが、日本の軍神と呼ばれる女神である。日本の第十四代天皇である仲哀天皇の后であり、熊襲征伐などを成し遂げている。男の軍神はタケミカヅチやスサノオなど数多くいるが、日本の軍神と呼ばれる女神は数えるほどしか存在しない。
「長生きしてるからね」
「……白澤様、一つよろしいでしょうか」

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設定タグ:鬼灯の冷徹 , 白澤 , 鬼徹   
作品ジャンル:恋愛
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作者名: | 作成日時:2020年5月4日 2時

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