「濃紅と濃黄の中で」(壱) ページ28
季節は実りの秋を迎えていた。
夏の厳しい日照りも和らぎ、心地の良い清涼な風が都の町並みをすり抜けて行く。
山々には赤や黄の木々。
水田には金の稲穂。
豊かな秋色の自然に囲まれて、人々の顔つきもどこか穏やかである。
宮廷の中庭も、御用達である庭師達による丹精込められた手入れにより、秋仕様に衣替え。
池の水面に映り込む小さな逆さ紅葉が、風に吹かれてゆらゆらと輪郭をぼやかす。
「荒様」
「A」
秋の彩りを静かに眺めている荒の元へ、通りすがりのAが歩み寄った。
「楓の美しい時季ですね」
中庭の風景に目をやりながら、Aは重そうに数本の巻物を抱え直した。
「……都の近くに、楓林がある」
思い出したかのように荒が言う。
頷きながらAは微笑んだ。
「ありますね。広々としていて良い所ですよ」
荒はAが大事そうに抱えている巻物を見ながら、遠慮気味にこう言った。
「お前が良ければだが……私と観に行かないか……?」
年中忙しないAの気分転換になれば良いと思ったのと、ただ自分がAと観に行きたいと思ったのと、両方の願いが荒にあった。
「良いですね、行きましょう。直ぐ片付けて来ますので、暫しお待ちください」
Aは笑顔で即答すると、小走りで荒の横を通り抜けて行った。
仕事中であるのに無理をさせてしまっただろうか、と荒はAの背中を見送る。
だが、あの嬉しそうな笑顔に、偽りは微塵にも感じられなかった。
荒も嬉しくなり、一人密かに微笑んだ。
その日の昼過ぎ頃、二人は約束通り楓林を訪れた。
奥の方へ行けば、見渡す限りの濃紅と濃黄。
鮮やかな空間は二人だけを包み込んでいる。
荒とAは適当な木の根元に座って、景色を眺めた。
「静かですね」
「そうだな」
「綺麗ですね」
「ああ」
声を掛けるAに対して、荒は気の無い返事。
静かに風景を楽しみたいのかと思って、Aは黙った。
会話など無くても、Aは充分幸せな気分だった。
……少しの静寂の後、荒はAの肩に触れこちらを向くように促した。
不思議そうに微笑みながら、Aは荒を見る。
Aの顎に荒の指が添えられる。
見つめ合う最中に縮まる距離。
Aが場の異変に気がついたのは、その時であった。
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イズモ(プロフ) - 茶々丸さん» わ〜ご愛読ありがとうございます!!…荒の声優さんに念を送ってもらいましょう!(平安京ラジオ) (2019年9月23日 18時) (レス) id: 2950d60cf9 (このIDを非表示/違反報告)
茶々丸 - 一年経っても見させてもらってます!荒来てくれえぇぇ!大歓迎だぞぉぉお! (2019年9月23日 10時) (レス) id: 65a910c7b3 (このIDを非表示/違反報告)
イズモ(プロフ) - 横ごりらさん» !!確かに!荒って何か…自分のこと好きじゃなさそうな気がするんですよね…伝記でもどっちかと言うと人間より自分を責めてる感があるように思えますし…どれも個人意見ですが(´-ω-`)こちらこそ、荒のこと語り合えて楽しかったです!ありがとうございました! (2018年9月11日 21時) (レス) id: 2950d60cf9 (このIDを非表示/違反報告)
横ごりら(プロフ) - イズモさん» 「愚か者め!」「愚かな・・」とかもよく言ってますが、「愚か」って、自分自身にも思っててよく使う言葉なのかな・・とも思いました>< いえ!とんでもないです!またイズモさんのお話を聞けてとっても嬉しいです!(^///^)お返事くださり有難うございました! (2018年9月11日 9時) (レス) id: 72764b205c (このIDを非表示/違反報告)
横ごりら(プロフ) - イズモさん» 私も想像になってしまいますが、もしも叱ってくれているのだとしたら本当に優しいですよね・・・常に無表情で厳しい言動の裏では、本当は自分以外の存在をいつも気にかけてくれているのかなと思えます(;_;)いっそ本心から見下して関わらなければいいのに・・(;_;) (2018年9月11日 9時) (レス) id: 72764b205c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:イズモ | 作成日時:2018年6月30日 20時