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…しかし私は、相変わらず

スランプから抜け出せないままだった。



練習やライブ、一人でこっそりカラオケに行ってみた時でさえ。



何度歌ってみても、

やはりそれ以前の感覚が戻って来ることは無かった。



むしろ、歌えば歌うほど、もがけばもがくほど…

思うように歌えなくなっていき、不調はさらに加速した。



自分が歌っているはずなのに、どこか他人事みたいだ。



空虚で、自分の心を置き去りにして、

ただ音だけが身体から切り離されてくみたいだった。



何も歌っても虚しい、哀しい、空っぽ。



それでも明確な対処法なんて無い、やるしかないから、

せめて音は正確に、喉の調子だけでも守りながら…。



頭で考えられることは一つ一つ丁寧にやっていった。



…きっと今まで感覚に頼り過ぎていたんだ。



どうやって歌っていたか、

言葉にして説明できるような歌い方をしてこなかった。



音が流れ、空気が震えて、歌詞を自分の口から発したら。



何も考えなくても自分じゃない自分になれていた。



だけど。



今は…考え過ぎて、歌っている時が何よりも不安で、

自信を失っていく時間になっていた。



ニバスタだって、もうあと数か月で予選が始まるのに…。



開催決定の情報が焦りに拍車をかけていた、そんなある日。



とあるライブ終わりのことだった。






「…エイト、頑張ってください」



「あ…ありがとうございます」






見に来てくれていたファンの方だろうか。



待っていたのか、顔を確認しながら

そう声を掛けてきてくれたのは若い男性。



たまたま私が「先出てますねー」って

皆さんより一足早く帰り支度を済ませて、

一人で外に出てきたタイミングだったから。



そういう訳じゃないって分かってはいても、

無意識に身体がこわばる。



…ストーカーのこと、やっぱり引きずってるのかな、私。



この人にそんなつもりは無いだろうし、

最低限、応援にはちゃんと感謝しないと…






「俺、エイト一番好きなんすよ」



「そ、そうなんですね、嬉しいです」



「一回目のニバスタで好きになって…でも、

歌い方なんか変わりました?」



「え…、」



「いや俺ボーカル前の方が好きだったんで。

何で変えちゃったんだろーと思って。

戻さないんすか?」



「あー…えっと、あの…」



渋「何?お前」






その時、私たちの間に割って入って来たすばる君の目は、

忘れられない。



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作者名:黒葡萄 | 作成日時:2022年5月5日 8時

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