54 F ページ4
「…………お願いしようかな」
数時間前、ついに言ってしまった。
この言葉は俺にとっての賭けだった。
北山に嫌われるのも関係性が壊れるのも怖かった。
だけど、この気持ちに気付いてしまった以上、奪われるかもしれないと分かった以上、怖気付いてなどいられない。
変な誤解をしている北山に賭けたのだ。
俺は決して欲求不満ではない。
誰かに慰めてもらうつもりなんて、微塵もない。
「じゃあ今夜……お前どういう子が」
車に備え付けられているホルダーからスマホを取ろうとする北山の右手首を掴んだ。
「お前がいい。」
「は?」
「北山が慰めてよ」
そんな馬鹿げた話なんて、有り得ない。
でも、この想いを伝えるにはまだ自信もない。
だから、こんな最低なことを言って、仕事だからと従わせ俺を男として見てもらう、そんな姑息な手段を使ってしまった。
咄嗟にそんな言葉を口走る俺は、もしかしたら心のどこかでずっと望んでいたのかもしれない。
「……おまえ何いっ」
言葉を遮って、北山の手首から手を離し、恋人繋のように、指を絡めた。
俺のコートの袖に、北山の切りそろえられた丸い爪が当たるのを微かに感じた。
乾燥の季節でかさついてるはずの手も、北山の手だと思うと肌に馴染み、柔らかい。
「……そんな女の子は信じられないから。」
「安心しろ。ちゃんとした正規の、手続きを踏んで」
「……嫌だ。ただでさえファンの子を傷つけたばかりだから。慎重にいきたいんだ」
「…………、」
そう言えば、北山は困ることを見越していた。
言い淀む北山の指に絡めたまま、そっと親指で撫でた。
「お願いします、マネージャー。」
お願いだから、嫌な顔をしないでほしい。
明らかな困惑顔に、少し傷付く。
でも、北山はもっと傷ついているのかもしれない。
仕事のパートナー、同級生に慰みものにされるのだから。俺はそう頼んでんだから。
対等なはずの、立場で。
お願いします、と言ってもまるでスタアとして強制の圧をかける。
「今夜、お前の部屋に行きたい。」
北山は、「うん」とは言わなかった。
無言で、「時間が無いからまた話そう」と返して、俺の手を振り払った。
ぎゅっと絡めていたはずの手は、簡単に振りほどかれてしまう強さだったらしい。残された自分の手に目を落とした時、取り返しのつかないことを言ってしまったことに気付かされた。
あれから何も触れられなかったのに。
北山は、俺のマンションを無言で通り過ぎた。
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みかん(プロフ) - ふっと読み返したくなるときがあり、お邪魔させていただきました。大すきな作品を残していてくれてありがとうございます。 (10月31日 0時) (レス) @page11 id: 48c1fbe080 (このIDを非表示/違反報告)
祐佳(プロフ) - ももはさんの作品が本当に大好きで、全ての作品を何回も何回も読み返しています。本当に素敵な作品を沢山ありがとうございます。何年先でもいいので、また少しでも、1ページの短編でも書こうかなという気持ちになられたら、いつでも戻ってきてくださいね( ; _ ; ) (7月24日 20時) (レス) id: 234aaa715a (このIDを非表示/違反報告)
蒼井あゆみ(プロフ) - ももは様。私も少し遠のいており、今頃読ませていただきました。今まで沢山の素敵な作品を読ませていただきありがとうございました。大好きな作品をまだまだ読み返したいと思っておりますので、ぜひ残していただきたいです。お身体お大事になさってくださいね! (7月21日 20時) (レス) id: e7dcf121d5 (このIDを非表示/違反報告)
Miel(プロフ) - ももは様。いつも素敵な作品を紡いでいただき、ありがとうございます。時々読み返しています。難しいかもしれませんが、このまま作品を残しておいていただけないでしょうか?私にとってもももは様のお話は支えでもあります。お身体には気をつけてお過ごしくださいね。 (7月1日 16時) (レス) @page11 id: e898f8c08f (このIDを非表示/違反報告)
もも(プロフ) - ももはさんの作品大好きです。何回も読みたい 素敵な作品ばかりなので このまま 残していただけたら嬉しいです。 無理はなさらないで 状況が 許せるように なって また 書きたくなったら お願いします。 本当に魅力的な作品ばかりです。💕💕 (6月18日 18時) (レス) id: d4c0737fac (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ももは | 作成日時:2021年2月11日 13時