今夜君が欲しい【前編】

50 K ページ50

オッサンと行きたくないホテルへと向かう時刻が迫り、せっせと片付け始め帰る準備をしていた。



時刻はもうすぐ、9時になる。
10分前。


そんな時、デスクに影が出来た。
見上げると、そこにはオッサンが何とも言えねぇ面(ツラ)をして立っていた。



手を合わせ『ごめん』とジェスチャーをして。


え？


「どうしても断れない方に、呑みに誘われてしまったんだ。また埋め合わせする。本当にすまない」



凄く申し訳なさそうにしてるオッサンに、いやいや嬉しすぎるよと咄嗟に返してしまいそうなのを抑えた。



「恩師なんだ。我が社の役員で滅多に御一緒できない方で、本当にすまない。」



オッサンはそれだけ言い残すと、名残惜しそうな瞳を向けた後、急いで出入口にいた人の所へと走っていった。



オッサンを追うように視線を辿っていくと
そこには…



「………！」



宮田さんを紹介した以前の依頼主が立っていた。
その人はこの局の重役ポストである役員だ。



その人は、バレない程度に俺に会釈をした。
それにバレない程度に返す。


その人の元へ走ったオッサンも結局はサラリーマン。頭をペコペコ下げ、嬉しそうにその背中についていった。




はて？



オッサンが断れない恩師というのは、あの元依頼人の役員って事か。
急用でもあったのだろうか。



何はともあれ、今日はホテルに行かなくてイイって事だ。



(…助かった)



すげえホッとしてる。
馬鹿みてーに。
手なんて震えてる。


慣れてる筈なのに。


オッサンと寝るのも、好きでもない奴と寝るのも。
任務を遂行するためなら、手段は選ばない筈だった。だから、失敗してこなかったし、大金を貰っても罪悪感はなかった。



でも、確かに俺は嫌だ、と思った。
あのオッサンに抱かれるのは。
寝るのは。同じベットを共にするのは。



どんなに高級なラグジュアリーホテルだとしても、嫌だと思ってしまっていた。




ホッとしてる。
吐息が小さくゆっくりになっていく。



落ち着いていく



緊張が解けていく




そんな時、触れた手のひら。
頭にポンッと手を置かれた。


くしゃっと髪を撫でられた。



甘い香りが鼻腔をくすぐる。




見上げた先には、その手のひらの持ち主
髪を梳くように撫でる指先の持ち主がいた。



「帰ろう、北山」



優しく笑う、


「藤ヶ谷…」



藤ヶ谷が立っていた。



優しい茶色の瞳が汚い俺を包み込む様に…
映し出していた。




..........to be continued

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