【文スト】この世界で生きるのは不可能という結論が出ました 9

三百五十話　［一人ではなく、二人］ ページ4

魔女の娘、その肩書きで呼ぶことに立原はほんの少し前まで抵抗すら感じなかった。
だってその名の通り、彼女は魔女の娘であり、それを体現するような人物であったから。
だが、"小泉A"自身を知ってしまった今、それを口にすることはできない。


「小泉Aって言う名前があるんです。
魔女の娘はあくまで肩書きだ。
…それに、此奴は魔女みたいに残酷じゃない」



「…ほう、随分熱いな。
部下に季節外れの春がきたのであれば喜ぶべきか」



「いや、勘弁してくださいよ。
此奴とはそんなんじゃないです」



立原は肩をすくめ、Aは「ありえない」と言わんばかりに首を振った。


「単なる心中予定の相手なだけっすよ」



「そう、単なる心中予定」



此処に太宰がいたら「なんでぇ！？」と叫ぶことだろう。
だがもう後戻りはできない。
未来に進むしかないのだ。



「今度は俺から質問します。
…何故です？何故こんな事を？」



その前に聞いておきたかった。
福地が何を思ってこんなことを企てたのか。
彼の命令で危険な任務も、己の心に嘘もついてみせた。



「アンタの命令が！俺を俺にしてくれると思ったからだ！！」



全てはそれだけだったのに。



「…君は優秀な軍人だった」



その言葉が、合図になる。



「いいや、もう軍人じゃねぇ」



猟犬の証である外套を脱ぎ捨てた。
かつての上司であった福地の破滅をこの目で見届ける為に。
だが福地も大人しく捕まる相手ではない。
ブラムを起こし、この会話を聞いた全員を感染させてしまえばいい。



「そんな事、俺"たち"がさせると思うのかよ」



「お前達では儂に勝てん」



「…そりゃどうかな？」



立原がふと、Aの方を向いた。
そして、深く息を吐く。



「…頼んだ」



「…了解」



ふぅ、とAは息を吐き、懐から取り出したのは、



「携帯電話…？」



刃物や拳銃が出てくるかと身構えた福地は、怪訝な顔でそれを見つめる。
Aが携帯電話の発信ボタンを押す。
すると、コンマ数秒後にAの携帯が鳴り響いた。
だが発信をしている携帯は手の中にある。



『では、もう一台あるのか？何の為に？』



ゾワリ、嫌な予感がした。
軍人として、その予感は外れたことがない。



「ブラム君！！近くにいる眷属に彼女を噛ませろ！！」



「もう遅い」



懐から取り出される"もう一台の携帯電話"。
それを耳に当て、彼女は口を開く。



「《これより、異能のリミッターを解除する》」

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