【文スト】この世界と獣と魔女【BEAST】

夏目漱石という男 ページ17

夏目漱石、誰もが知っている名前にAは目を見開く。
彼も異能者なのか？だから気配もなく現れたのか？
いや、今はそんなことはどうでもいい。



「今すぐここから逃げてください、巻き込まれたら…恐らく死にます」



あえて脅すような声で夏目に云った。
何故彼がここにいるのかは判らない、だが関係のない人間を巻き込むわけにはいかない。



「…いくつか聞いても良いか？
何故お前は追跡に気づくことができた？
そして何故お前はあとをつけられていると気づいていたのに
こんな人気のない場所に逃げ込んだ？」



夏目の質問に、Aの動きが止まる。
そして、ゆっくりと彼女は口を開いた。



「あの時、街の人々はポートマフィアの抗争に巻き込まれない為に逃げていた。
しかし私の進行方向はそちら、だがついてくる人がいた。
しかも近くにいたのに気づかない、気配を消すような人が一般人とは思えない」



「それで、追跡者と判断したのか？」



「手練れだと私でもすぐに判った。
…そんな彼らがもし、私を街中で襲撃したら」



夏目がだんだんと驚いた顔をする。



「まさか、他人を巻き込みたくなかった故にここに来たのか？」



「仮に彼らがあそこで襲撃しなくても、あのままポートマフィア本部に行けば
遅かれ早かれ衝突する、しかも仲間にも迷惑をかける」



我ながら莫迦だと思う。
他者を蹴落とすのも厭わないくせに、こうして正反対の行動をするのだから。



「彼らにも家族がいる、友人がいる、恋人がいる。
死んでしまえば悲しむ人がいる、だから…」



悲しい声だった。
"あの少女"は自信と妖艶さを持った声だったが、この少女は違う。
雪が降る音のように静かで、悲しさすら感じる優しいもの。



「だから、誰も巻き込みたく無かったの」



『死んでしまうならそれも運命、仕方のないことなのですよ先生』



誰も巻き込みたく無いと嘆く少女と、
誰が死のうと微笑んでいた少女は瓜二つ。



「儂が手を貸してやろうか？」



「…は？」



「お主一人で、殺しに来る彼奴らの相手は大変じゃろう。
まあもっとも、彼奴らの相手をするのは、儂では無いが」



夏目の言葉に、Aは静かに銃弾を空の弾倉にこめた。



「…彼らは、本気で私を殺すつもりは無い」



それが真実だ。

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