【文スト】この世界と獣と魔女【BEAST】

異能力者の生命線 ページ15

小柄な体、洒落た帽子、容姿の情報はこれだけ。
でも女は彼を「ちゅうや」と呼んだ。
この世界は文豪の名を持つ者が存在する、故に彼は、



「貴方は中原中也、そうでしょう？」



彼の、中也の顔が歪む。
異能力名は賭けだった、外れたら外れたで反応を示すまで作品名を云うつもりだった。
だが、賭けは見事に成功した。



『さて、あとは彼女の異能力名だが…』



紅色の、美しい女性。
操っているのは夜叉にも見える異形。



「…夜叉」



そう云えば、乱歩が以前に云っていた。
ポートマフィアには『三十五人殺し』の少女がおり、
異能は夜叉を操る、そして名前は。



「泉、鏡花」



「！！」



女の殺気が膨れ上がると同時に、夜叉が刀を抜く。
中也がそれを「姐さん！！」と叫んで止める。
普通じゃない、彼女は今本気で焦っていた。



『あの反応、泉鏡花の身内？
彼女は異能者だった、それも夜叉の』



考えろ、打つ手を間違えるな。
今の情報で考えろ。
彼女の、紅色の夜叉遣いの名前を、異能名を。



『史実の泉鏡花と、関係が深い文豪？』



いや、だがその文豪は男だ。
だがこの世界の泉鏡花は女性だった。
泉鏡花の師であり、深い関係にあった、文豪。



「尾崎紅葉」



「！！」



その名を口にした瞬間、女は動揺するようによろめいた。
同時に、化け物でも見るような目を向けてくる。
その瞬間確信した。



「貴女、本当に尾崎紅葉なんだ」



その時、女、紅葉が抱いたのはどんな感情だっただろう。
名前のかけらも教えていない少女が、ぴたりと名前を云い当てた。
云いようのない悪寒が背筋を襲う。



「そう、そう、そうなんだ、やっぱり…そっか」



恐怖、疑い、困惑、色々な感情がこの場に漂っている。
子どものように同じ言葉を繰り返し、Aは、その紫の瞳で自分の手を見つめる。



「じゃあ、貴女の異能は『金色夜叉』だ」



夜叉の名前がつく作品は、これしかないもの。
中也と紅葉が戦闘態勢にはいるが、もう遅い。



「『汚れつちまつた悲しみに、金色夜叉、発動を禁ずる』」



紫色の文字列、それがAの異能発動の証。
文字は中也の体と金色夜叉を縛るように蠢き、そして双方の能力の発動を強制的にキャンセルさせる。



「だから云ったはずだ、窮鼠猫を噛むって」



異能力を操る異能力者の究極が、そこにはあった。

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