【文スト】この世界と獣と魔女【BEAST】

嘘、そして獣の吐息 ページ14

背中から叩きつけられたせいで目の前がぐらぐらする。
受け身を取ったつもりだが、やはり"異能"相手だと人間は弱い。
口の端から流れる血を強引に拭い、少女は壮絶な笑みを浮かべた。



「はは、やっぱり、貴女も異能者だった」



タイツが破れた足を奮い立たせ、ふらつきながら立ち上がる。



『そして、やはり私の思った通りだ』



女を守るように立ちはだかる、巨大な夜叉の異形。
着物にマントを羽織った夜叉の手には、長い刀が握られている。
先程は鞘に入った状態で薙ぎ払われたようだ。



「…手前、なにがしてぇ」



中也と呼ばれた男が、信じられないものを見るような目で睨んでくる。
その傍らで紅色の女が自身の刀を抜いていた。
どうやら、相手がただの小娘ではないと理解したようだ。



「何故引き金を引かなかった。
敵に情けをかけたつもりか？それとも躊躇ったのか？」



Aは、あの時引き金を引かなかった。
撃とうと思えば撃てたのに、あえて撃たなかったのだ。
血の味が広がる唇をもう一度拭う。



「私はただ、"貴方達の嘘"を確認しただけ」



Aの答えに、二人の表情が僅かに歪むのが判った。
そして、追い討ちをかけてやるように云うのだ。



「あぁでも、躊躇ったのはむしろそちらかな？」



女は顔をしかめ、そして男の方が舌打ちをする。
伊達に嘘に塗れた家で6年間を過ごしたわけではない。
今さっきの攻撃で全て理解した。
そして、ある程度の情報が手の中に落ちてきた。



「…た、悲し、に…」



赤い唇が、なにかを呟く。
小さいその声は彼らの耳に届くまでに所々消える。
だからこそ、すべての言葉が届いた瞬間、彼らは顔色を変えた。



「汚れっちまった悲しみに、今日も小雪の降りかかる」



「手前、なんでそれを！！」



「汚れっちまった悲しみに、今日も風さえ吹きすぎる」



秀麗な顔に驚愕の色を浮かばせた男の方を向き、Aは不敵に笑う。
この世界では、私は少しだけ情報が多いのだと改めて実感するように。



「汚れつちまつた悲しみに…それが貴方の異能力名でしょう？」



詳細は、触れたものの重力を操る。
そんな言葉をしっかりと添えて。



「ねぇ、中原中也さん？」



窮鼠猫を噛む、いや、彼女は鼠では無かった。
気づけば喉首に噛み付いている、獣だった。

異能力者の生命線→←狩られるのはどちら？

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す