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思い出すな、知らなくていい ページ47

知らないままでいることは嫌だった。
忘れたことがあるなんて気分が悪い。



「津島さん、あの…」



立ち上がった拍子に溢れた珈琲が机を伝って床に落ちる。
ポタポタと落ちる茶色い液体が一瞬血に見えた。



「痛、津島さん、手、離して」



「Aちゃん」



掴まれた手の痛みに振り解こうとしたが、津島はそれを遮るように名前を呼ぶ。



「知らなくていいことはこの世にごまんとある。
君は知識が武器になると思っているようだ、慥かにその通りなんだ」



津島の声が冷たく聞こえる。
掴まれた手も冷たくなってくる。



「でも、でもね、時にそれは自分を苦しめる原因にもなるんだ。
無知は罪だが知りすぎてしまうことも罪だ」



「津島さ…」



「知らなくていい、誰も何も知らなくていいんだよ。
真実は時に残酷だ、知ってしまえば君は…」



「津島さん!!」



その瞬間、肌を打つ音が響く。
Aが津島の頬を叩いたのだ。



「私は大丈夫です、まだ何も知ってません。
貴方は何が怖いんですか何を恐れているんですか。
よく見てください、私は今、ちゃんとここに居ます」



だからそんなに子どもみたいに悲しい顔をしないで。
貴方は誰を重ねて私を見ているの?



「大丈夫、大丈夫だから」



津島の手にそっと触れる。
安心させるように、白い手が津島の肌を撫でた。



「私は、大丈夫ですから」



殴られた頬を押さえていた津島の目に、ゆっくりと理性が戻ってくる。



「ごめんね…ありがとう」



「別に、礼を云われるほどのことでもありません。
…叩いてごめんなさい、大丈夫ですか」



「うん」



その瞬間、掴んだ手をサッと離し、席に座る。
その切り替えの速さに津島は「冷たいなぁ」と笑い、溢れた珈琲を布巾で拭く。



「やはり君は…」



その時、Aの携帯が鳴った。
呼び出し相手の名前を見て盛大に顔をしかめたAは、試しに電話に出てみる。



「なんだって?」



「…仕事の同期が書類事務に手こずっているから手伝え、と」



「あらら、じゃあここの会計は私が持つから行ってきなさい」



「…ありがとうございます」



ペコリと頭を下げて、カフェを出る。
出入り口の扉を開ける前、津島に手を振った。
彼は最後、囁くようになにかを云う。



「さようなら、名前のない関係の小泉A」

響く崩壊の音→←毒林檎と絶望



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もこすけ(プロフ) - ちょこれーとさん» コメントありがとうございます。続編が出ましたので、そちらも宜しくお願いします。これからもこの作品をよろしくお願いします。 (2019年11月9日 21時) (レス) id: 4a59fda111 (このIDを非表示/違反報告)
ちょこれーと(プロフ) - 今日めっちゃ更新多くて嬉しいです!!! (2019年11月9日 20時) (レス) id: adc186f0a4 (このIDを非表示/違反報告)
もこすけ(プロフ) - azukiさん» コメントありがとうございます。一回目、そして二回目は…。今後の展開にご期待ください。読んでくださりありがとうございました。 (2019年11月4日 10時) (レス) id: 4a59fda111 (このIDを非表示/違反報告)
azuki(プロフ) - 本当の笑顔…今回が一回目で、二回目は……あー!この後の展開が楽しみすぎます!これからも頑張ってください! (2019年11月4日 8時) (レス) id: 2de50b2480 (このIDを非表示/違反報告)
もこすけ(プロフ) - にゃんこさん» 嬉しいお言葉をありがとうございます。そんな風に言ってもらえて嬉しいです。今後も頑張る力が出ました。これからも応援よろしくお願いします。 (2019年11月3日 9時) (レス) id: 4a59fda111 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:もこすけ | 作成日時:2019年10月14日 18時

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