【文スト】この世界と獣と白雪姫【BEAST】

やられたらやり返すものです ページ17

死ぬほど似合わない己の格好に耐えながら、田植えをする覚悟を決めた。
別にドロドロの田圃に入ることに抵抗があった訳では無い、
気に入らないのは本来なら誰でも似合うはずのこの格好が似合わない自分である。


「金持ちの箱入り娘が没落して田植えをしているかのような似合わなさだな」


田植え中、芥川はボソッとそんな事を云った。
ただでさえ炎天下の中、そんな台詞が頭に来ないわけがなかった。


バシャ



「あぁ、手が滑った」



「…貴様」



手と云いながら、Aが芥川に泥をかけたのは足であった。
茶色の泥が芥川の顔に見事にかかった。
それを彼は、殺意のこもった目で睨みつけながら拭う。



バシャ



「なにをする」



Aの顔から泥が落ちる。
やり返されたAはそれを無言で拭う。


バシャ



「先に突っかかってきたのはそっちだ」



バシャ



「僕は事実を云ったまでだ」



二十歳と十八歳がする内容とは思えない喧嘩をする間、
泥や濁った水が何回か二人の間を行き来した。



「これ新しい苗で…わぁ！お二人とも仲良しですね！」



新しい苗を前が見えなくなるほど積み上げ、運んできた賢治が見たのは、
もはや開始前の格好が判らなくなるほど泥だらけになった二人だった。
殴り合いになっていないのは、田圃に倒れ込んだら最後、
どちらかが泥人間になるまで殴り合ってしまうという理性が働いているからである。



「…真面目にやれ」



「人のこと云えないくせに」



流石に冷静になり、Aはゴシゴシと己の顔についた泥を拭い、大人しく田植えをする。
暫く続けると腰が痛くなったので、体を伸ばそうとした時、



バシャン



「…うわ」




体勢を崩した芥川が尻餅をついていた。
Aはそれを同情しつつも、「ざまあみろ」と云うように口に手を当てて云った。



「体幹を鍛えた方がいいんじゃない？」



そう云い捨て芥川に背を向けたのがいけなかった。
仕返しに彼が、Aを服を掴んで泥に突き落とすと判っていれば背を向けなかったのに。



バシャン




「…お前」



「ざまあみろ」



恐らく、この光景を賢治では無い第三者が見たら虎と龍の睨み合いに見えるほど恐ろしい光景に見えただろう。
だが生憎ここにいるのは、田圃が舞台の沈め合いをする二人を見て「仲良しですね」と笑う賢治のみだった。

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