【文スト】この世界と番外編 その四

＊ ページ14

赤の他人の膝の上で寝る。
もう一度云おう、無理である。






「無理」






「このままだと治りませんよ」







その言葉にグッと云い淀む。
このまま治らないと社にも戻れないし、仕事も残っている。
なにより、気分が悪くて座っているのも辛い。







「失礼、します…」








「賢明な判断です」








いつもなら無理だ結構と渋るが今回はそれどころではなく、素直に膝の上にお邪魔した。
まだ意識は朦朧とし、男性の顔はよく見えない。







「ご迷惑をおかけします…」








「構いません、非番だった時に偶然知っている人に会っただけですから」







この人とはどこかで会ったのだろうか。
だがそれを確認する間もなく次の質問が飛んできた。







「ところで貴女、先程から"なに"が視えているのですか」







「え…」








「貴女はさっきからそのなにかを気にしてる、違いますか？」







そんなところまで気づかれたのか。
いつもなら云い訳ならなにやらをするがその日は熱中症のせいか案外素直に口から言葉が出てきた。








「視えなくていいものが視えるだけ…昔からそうだし今更大丈夫だと思ってた…」








だが体調不良と重なり、それは精神的にこたえた。
いくら日常的に慣れていてもあれは辛い。







「視えなくていいものが視える…それが…苦しい」








熱に浮かされたように口から感情が溢れ出てくる。
その人はなにも云わずに聞いていた。







「鮮やかな世界は好き…でも、もうなにも視たくない…」







その時、男性の手がさらりとAの前髪を退けた。
優しい風が頬を撫でる。







「私は光を失っているので、貴女が視てるものは当然視えません。
貴女の苦悩も、なにが視えているのかも。
そしてそれが貴女の運命なのでしょう」







チリン、と鈴の音がした。







「ですが一時的になら眼を閉じても許されるはずです」








大きな手で手元を覆われる。
その手は適度に冷たくて心地よかった。








「少し、眠りなさい」








その声が妙に落ち着いていて、鈴の音と合わさり意識を優しく溶かしていった。








『雑音が聞こえない…静かで、心地良い…』








この男性の声もなんだか落ち着く。
ただ、何故かこの声が聞き覚えがありひっかかりを感じたがそれを思い出す前に意識は完全に落ちていった。

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