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海の日に ページ8

「どうしてだろうね。」


彼は言った。


その時の僅かに震えた声と
口角の上がった涙顔と


二人を包んでいた空気、沈黙、西日、全部が


この人が一人で背負っている悲しみや未練を
切に表しているような気がした。


「さぁ、もう戻らなくちゃ。」


「…うん。」


「気をつけて帰るんだよ。」


名残惜しそうに立ち上がる彼を追いかける術もなく


再びグラウンドへと戻って行く彼の背中を
見えなくなるまでただ呆然と見ていた。


そして、やっとの思いで立ち上がった後に
帰り道で遠くに見つめた、グラウンドの上を駆けるその赤い色が


私の心にぽっかり空いた穴の中で
孤独を纏いながらゆらゆらと揺らめいているような


そんな気がした。



「乃坂さん!おはよ。」



それからのことだった。


私はその大きすぎる感情にどうしても耐えられなくて




彼のことを、避けるようになった。




「おはよう瀬尾くん。今日も暑いねぇ。」


「ね。あのさ、今度お祭りあるんだけど一緒に行かない?みんなで!」


瀬尾くんにそう誘われたのは、期末試験のわずか一週間前のことだ。


もうすっかりと梅雨は明けて
ノサカくんを避けはじめてから、数週間が経とうとしていた。


「お祭り?…いつ?」


「今度のー、海の日!」


「あぁ!それ、西蔭くんと一緒に行ったのと同じやつかも。」


今思えば、西蔭くんと一星くんと私の三人とは随分と不思議なメンツだ。


どういう経緯で花火を観に行くことになったのか、すっかり思い出せないけれど


とにかく花火が綺麗だったという記憶だけは、ちゃんと残っている。


「ていうか、試験直前じゃない?大丈夫かな。」


「大丈夫大丈夫。その代わり土日は、誰かの家に集まってみんなで勉強会しようって話になってるから。」


「はは、準備万全なんだ。…じゃあ、行っちゃおうかな。」


あれだけ “友達沢山作っていっぱい遊ぶ” と心に決めていた私だが
どういうわけかまだ一度も友達と出かけることは叶っていない。


折角誘ってくれたことだし、
花火は楽しいに決まっているし


期末試験のことは一旦忘れて、思い切り楽しんでくることにしよう。


“明日、浴衣着てくる?”


お祭りの前日、そんな瀬尾くんからのメッセージが携帯の通知を鳴らした。


“みんなはどうするの?”


“みんなは、着てくるって!”


“じゃあ…。”


何年ぶりだろうか。


仏壇の横にある箪笥を、ゆっくりと開けた。

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橋本アリィちゃん(プロフ) - とても泣けました!こんな感動作品を作って頂きありがとございました!今後とも応援しています!(*´ω`*) (2021年11月4日 7時) (レス) @page39 id: 1849d0f1e6 (このIDを非表示/違反報告)
くゆぃ - この物語を生み出してくれてありがとうございます。余命あと1年で、辛くて仕方なかった時、まさに今、イナズマイレブンに出会って、野坂悠馬君が好きになって、あなたの小説を読ませていただきました。いなくなる前に、この小説を読めてよかった。よかった。ありがとう (2021年8月6日 23時) (レス) id: 47b282db84 (このIDを非表示/違反報告)
むい - ほんっとうにこの作品が大好きです!何度も泣かせていただきました。この小説が、命について深く考えるきっかけとなりました。最後に、本当に大好きです。ありがとうございました! (2020年9月7日 14時) (レス) id: b5b9338b39 (このIDを非表示/違反報告)
ふるる。(プロフ) - 初コメ失礼します、ふるる。です!すっごくこの小説好きでした!命って大切だなと思ったし新しい生き方も学びました。完結おめでとうございます! (2020年4月25日 10時) (レス) id: 28f80b2ad3 (このIDを非表示/違反報告)
岡部 愛(プロフ) - この作品であなたを知り、一気に最後まで読みました。しかし言葉が出てきません。とても好きで、好きだという気持ちをなんと表現したらいいか分かりません。この作品でたくさん泣きました。あなたの他の作品も是非読ませていただきます。 (2020年4月25日 8時) (レス) id: fa9bcb142e (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:もちまる。 | 作成日時:2020年4月4日 9時

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