そして、君の幸せに生きた。6【野坂悠馬】

未来で ページ29

「待って。…ちょっとだけでいいから。」


私の震え声を聞いてもなお


彼は落ち着いた声で笑いながら、そう話す。


一瞬腕時計を見た後で
彼はもう一度私の目を見て、言った。


「少しだけ、聞いてくれる？俺の話。」


あぁ、この人も

こんなに哀しく、笑うんだ。


私がこうさせたんだ。


私がバカだったから。
私が無神経だったから。


私がまだまだ全然、未熟だったから。


「俺、ずっと前からAのことが好きだったんだ。一目…見た時から。」


ごめん。


ごめんなさい、瀬尾くん。


私はあなたを、深く深く傷つけてしまう。


「俺、絶対Aのこと幸せにするよ。たくさん笑わせるし、たくさん美味しいもの一緒に食べに行く。だから…俺と、」


ただ私は


あなたの自由で澄んだ心が、とても好きだった。


あなたの穏やかな波をそばで見ている時間が
本当に大好きだった。



「…付き合ってください。」



だけど今、この人の恋心を目の前にして


やっと気がついたことがあるの。


ごめんね。本当にごめんね。


私、馬鹿だから
今の今まで、ずっと気が付けなかった。


根拠なんて語れない。
理由なんてない。


「…ありがとう、瀬尾くん。」



だけど、私はきっと





__________未来でノサカくんに恋をする。





「でも…ごめんなさい。」



そんな運命を、どうしても叶えてみたい自分がいる。


彼の命の上に生きる自分が


彼に生かされているこの、自分が


きっと今まで生きてきて、これからも生きていくの。



「…ううん。ありがとう、聞いてくれて。」



だから伝えなきゃ。


行かないで。ここにいて。
私が必ずあなたを、好きになるから。


「ははっ参ったなぁ。…行ってきなよ、A。」



今になって漸く聞こえた、この胸の痛みの叫び声を


伝えなきゃ__________。



「今なら多分、まだ間に合う。」


「うん…私、行ってくる。」


「おう。急げよ！」


そんな彼の声に一つ、頷いて
私は勢いよく走り出した。


傘を右手に持ったまま、ただ彼のことを思って。


ノサカくん。


まだあなたに聞いていないことが、沢山あるんだ。


あなたの好きな食べ物は何。


あなたの好きな漫画は何。


あなたの趣味は。得意な科目は。好きな花は。



あなたの、好きな人は誰で


私はあなたの、何、ですか？

知らない記憶→←最低最悪の

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す