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笑った ページ32

それからの日々は、目まぐるしく忙しくて


そんな忙しさに君との記憶を溶かすように、僕は無我夢中でボールを蹴った。


君のことを忘れたかったわけじゃない。
ただ君が死んだことだけを忘れたかった僕を、許してほしい。


「野坂!お前は本当にすっげぇやつだよ。これからも、頼りにしてるぜ。」


「野坂、ナイスパス!」


「よくやったな、野坂。」


一度、アレスの天秤という檻から出て世界を見たら


そこには僕の名を呼んでくれる人がたくさんいた。


「野坂さん、次の対戦相手の情報を集めました!…この選手、どう思いますか?」


中には、一星くんだとかという少々手を焼いた人物もいて


アメリカから帰国後、僕が初めて挑んだ試合で随分と大暴れをされたものだけれど


今では忠実な僕の参謀だ。


「ねぇ、野坂くん。」


ここの誰もが僕の名前を呼ぶ中で


唯一その言葉に、僕の心は一瞬固まる。


「…杏奈さん。」


「さっき西蔭くんが呼んでたわ。部屋にいるって。」


「分かった。ありがとう。」


“ねぇ、野坂くん”


君が何度、僕にそう言っただろうか。


この言葉を聞く時だけ、君の死が僕の心の上辺に浮き上がってきて胸が苦しくなった。



だけど


仲間と話す時間が楽しいこと。


案外、サッカーが面白いこと。


西蔭と食べるものは何だって美味しいこと。


その全てがなぜか生きている君を彷彿とさせて


僕は笑った。


きっとこれは
君が僕にくれた宝物と言うべきだ。


_____________けど



「…やぁ、久しぶり。」


世界大会で優勝して、この上ない喜びを手に入れても


心のどこかでずっと叫びを上げている虚しさを消すことはできなかった。


その正体は、分かっている。


_________君だ。



日本に帰国してから最初に向かったのは


君の寂しげな墓だった。


ここに来たのは、これが初めてだった。


「ごめんね、手ぶらで来ちゃって。」


花も線香も、何も持って行かなくて
君は怒っただろうか。


でも僕の言い分も聞いてほしい。


そんなものを買って行ったら、君が本当に死んでしまったみたいじゃないか。


そう思ってから、自分の馬鹿さ加減に渇いた笑いが一つ漏れた。


そうか。そうだったな。


君は死んだんだ。


思わずうだるような暑さの中、
冷房で冷やされた部屋の隅で。


僕の、狭い腕の中で。

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カトラオ - はじめまして!!もちまるさんの小説に出会えて毎日仕事終わりに読むのが楽しみで仕方ありません。まだ全部読み切っては無いのですが、感動とドキドキの展開を毎日楽しみにしていることだけどうしても伝えたかったのでコメントを残します。 (2020年7月22日 21時) (レス) id: eccc16e070 (このIDを非表示/違反報告)
miginoaoi(プロフ) - 全部読みました。ボロ泣きしてしまいました…すごく切なくて感動する話ですね。続気が気になりました!今は無理でも貴方様の更新をずっとまちます! (2020年1月15日 0時) (レス) id: 5d51d334c7 (このIDを非表示/違反報告)
ハニートースト 通称,ハニトン!(プロフ) - 作者様の作品は全て読ませていただきましたが、完全に虜になりました。言葉選びが繊細で、儚くて、思わず世界に入り込んだ気分で読んでしまいます。こちらの小説なのですが、co shu nieというバンドのアマヤドリという曲がピッタリだったので、伝えてしまいました。 (2020年1月6日 19時) (レス) id: b6696be840 (このIDを非表示/違反報告)
聖羅(プロフ) - 初めまして。この小説を読んで泣きました。もちまる。さんの小説がとても大好きでずっと待ってました。これからもずっと応援してます! (2019年12月24日 23時) (レス) id: 07b14ef242 (このIDを非表示/違反報告)
ルナ☆(プロフ) - 初めまして。君の脳になりたいの方を読んで此方にきました。私、本や映画を見ても絶対泣かないのに、この小説と君の脳になりたいの小説では泣きました。私は今不登校で、死にたいって思ってたけど、これを見てまだ頑張ろって思えました。何年でも待ってます。頑張れ! (2019年11月28日 14時) (レス) id: 65ed62dd2f (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:もちまる。 | 作成日時:2019年8月12日 21時

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