知らない感情 ページ9
「ねぇ野坂くん！いよいよ夏だね。」
なのに君は、容赦なく僕に夏を報せる。
君は7月のことを夏と呼んだ。
つまり時間は止まらずに流れて
いよいよ7月が顔を出してしまったということだ。
「…うん。」
6月中、僕は特に変わることなく君のやりたいことを淡々とやっていた。
例えば、一皿六百円のお寿司を食べに行ったり
公園へ行って君の作ったお弁当を食べたり
水族館に行ったりだ。
君の作ってきたお弁当は、中々に美味だった。
料理をすることもほとんどないし、お弁当を作るのも初めてのことだったらしいが
僕はその味が好きだった。
「夏の始まりって、なんかウキウキするよね！」
君は月曜の朝、学校でそんなことを言ったが
僕はこの夏の始まりが、憂鬱で仕方がない。
だけど
君だってこの憂鬱を同じように抱えているということが僕の頭で理解できるまで、そう時間はかからなかった。
その日の放課後、君は僕の部屋に来て夜に帰ったわけだけど
夜中の0時を過ぎて、ソファの下に君の携帯が落ちているのを見つけた。
毎日のようにネットで駅前の店を見つけてくる君だから、さぞかし困ったことだろうと思って
僕は君の部屋を訪ねるために階段を上った。
君は起きているだろうか。
携帯がなくて、探しているだろうか。
そんな悠長なことを
僕はすっかり呑気になった頭で考えていた。
だけど、鉄骨階段を6階まで上りきって見えたのは
手すりの前に立ちすくんで静かに涙を流す君だった。
「…乃坂さん。」
彼女の名前を呼んだのが、正解だったか否かは分からない。
ただ細かいことを考えるよりも先に、その涙に僕は思わず声を出した。
「何？」
君は首を少しも動かさず、外の景色を見つめながら短くそう言った。
「…どうして。」
「どうして泣いているのか、って？」
そのあまりに温度のない声に、僕は自分の脳内で蠢く思考や理性をすっかり失ってしまったようだった。
「はは、変なとこ見られちゃったな。」
彼女は一つ、笑ってからそう言ったけど
その笑顔はいつもとは遠く違っていた。
どこが違うかと聞かれたら、よく分からないけれど
君がいつも、瞳の中に秘めていた笑顔の核を
どこか遠く離れた場所へ置き去りにしてきてしまったかのような表情だった。
「私にも分かんないんだよね。どうしてこんなものが出るのか。」
そして君にも分からない感情があるということを
この日、僕は初めて知った。
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ｶﾄﾗｵ - はじめまして！！もちまるさんの小説に出会えて毎日仕事終わりに読むのが楽しみで仕方ありません。まだ全部読み切っては無いのですが、感動とドキドキの展開を毎日楽しみにしていることだけどうしても伝えたかったのでコメントを残します。 (2020年7月22日 21時) (
レス) id: eccc16e070 (このIDを非表示/違反報告)
miginoaoi(プロフ) - 全部読みました。ボロ泣きしてしまいました…すごく切なくて感動する話ですね。続気が気になりました！今は無理でも貴方様の更新をずっとまちます！ (2020年1月15日 0時) (レス) id: 5d51d334c7 (このIDを非表示/違反報告)
ハニートースト 通称,ハニトン！(プロフ) - 作者様の作品は全て読ませていただきましたが、完全に虜になりました。言葉選びが繊細で、儚くて、思わず世界に入り込んだ気分で読んでしまいます。こちらの小説なのですが、co shu nieというバンドのアマヤドリという曲がピッタリだったので、伝えてしまいました。 (2020年1月6日 19時) (レス) id: b6696be840 (このIDを非表示/違反報告)
聖羅(プロフ) - 初めまして。この小説を読んで泣きました。もちまる。さんの小説がとても大好きでずっと待ってました。これからもずっと応援してます！ (2019年12月24日 23時) (レス) id: 07b14ef242 (このIDを非表示/違反報告)
ルナ☆(プロフ) - 初めまして。君の脳になりたいの方を読んで此方にきました。私、本や映画を見ても絶対泣かないのに、この小説と君の脳になりたいの小説では泣きました。私は今不登校で、死にたいって思ってたけど、これを見てまだ頑張ろって思えました。何年でも待ってます。頑張れ！ (2019年11月28日 14時) (レス) id: 65ed62dd2f (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：もちまる。 | 作成日時：2019年8月12日 21時
