シャングリラエッジ【ars J.M】

16.夢語り。 ページ16

「大きな意味は『水路標』なんだけど、和歌では『身を尽くす』って意味で使われたりもする」
「身を尽くす...」
「身を尽くしてお客様の笑顔の為に」

って感じ、と照れ隠しなのかちょっとぶっきらぼう。

「素敵ですね！」
「名前負けしないよーにしなきゃいけないけどねー」

グラスの中の氷をカラカラとストローでかき混ぜてる。その中にコーヒーはもう、無い。


「お仕事、大変ですか？」
「大変なんてもんじゃないのを思い知らされてる。世の中の社長達はやっぱすげぇよ」

氷をかき混ぜるのをやめた潤さんが「みぞれの親父さんも、すげぇよ」と私に言う。
何となく「ありがとうございます」と応えると、何故か笑われた。


「でも今はとにかく頑張らなきゃ。まだまだやりたい事あるし」
「やりたい事？どんな事ですか？」
「行く行くはブライダルを手掛けたいと思ってる」
「ブライダル！」
「人生の中でかなりデカい思い出になると思うから、一番手伝いたい事なんだよね」

厳しいような、でもどこか柔らかい目にドキッとして、私は氷をいっぱい口に含んだ。
頭がキーンとして、目を閉じる。

「ま、その為にも今はとにかく仕事をたくさん取ってスタッフ増やせるようにしなきゃなー」

この会社が役員3人の顔写真入りで求人したら、物凄い応募が来るんではないだろうか。


「ってゆーか、オッサンの夢語りなんて聞きたくないだろ」
「え？」
「若者にとって一番つまんねぇ話なんじゃないの？」
「は！？全っ然、つまんなくないです！それに潤さんはオッサンじゃない！」

カウンターにスプーンを思い切り叩き付けながら言った私を、潤さんはキョトンと見てる。
その表情に、自分の行動のヤバさに気付く。

「あ...えーっとー...あー...」
「アハッ！わかりやすい動揺」
「...何かすいません...」
「謝られるような事は何にも無いけど」

潤さんの片手はずっと頬杖のまま。

「強いて言うなら公共の場なのに声がデカかったから、マスターに謝ろっか」
「あ、はい。マスター、ごめんなさい」

マスターは「Aちゃんだから許してあげる」とゲラゲラ笑った。
『Aちゃん』と呼ばれて、思わず潤さんを見てしまう。


「あの、潤さん...」
「なに」
「私の...」

名前を口にしたくない理由があるんですか？

とは、やっぱり訊く事は出来ず

「...私の結婚式もプロデュースして欲しいです！」

なんて言ってしまって「結婚の予定あんの？」と潤さんに笑われた。

17.都会の風。→←15.共食い。←8.31

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す