甘い匂い ページ5
階段を上がってすぐに見える『桃原』という文字に、心が浮き立つのを感じる。ドアベルを鳴らすと、ドタバタという足音とともに「はーい」という声が聞こえてきた。ガチャッと鍵の開く音。
「どうぞ」
そう言いながらドアを開ける彼は、隙間から顔を覗かせてにっと笑う。私を部屋に招き入れて、脱いだ上着を受け取ってくれた。
「寒かった?」
「寒かった」
「ここは? 寒くない?」
気を遣ってくれる彼に、大丈夫だよと答える。いつ見ても、シンプルで清潔感のある部屋だ。観葉植物なんかも飾ってある。深緑の大きな葉っぱと葉っぱの間に、いつものあの子の姿が見えた。
「あー……猫さん今日も可愛いね」
「猫じゃなくて『ひな』な」
「名前で呼ぶなんておこがましいことできるか」
「そういうこと言ってるから嫌いじゃないのに警戒されんだろ」
呆れたように言う彼。綺麗な所作で私のコートをハンガーにかけ、自然に自分のクローゼットにしまった。
……こういうのも、特に意識してないんだろうな。
ちょっとだけ残念に、でも距離の近さに少しだけ優越感を抱きながら、ほかの猫さんたちを見に行く。遠目に、そっと眺める。
「ほんっと好きだよな、猫」
「なに? 構ってもらえなくて嫉妬してんの?」
軽口を叩くようにそう言ったが、彼からの反応は何もない。ちょっと調子に乗りすぎたか、と反省しながら振り向こうとすると、後ろからばっと抱きつかれた。
甘い匂い。温かい彼の体温が、服越しでもしっかり伝わってくる。
「……ごめん」
熱い吐息が耳にかかって、顔の温度が急上昇していくのがわかった。守るようにぎゅっと抱きしめられたまま、私は謝らないでと頭を振る。
ふっと力が弱まって、正面を向かされた。お互いの視線が絡まり、彼の綺麗な手が私の顎を包み込み、細い指が唇をなぞる。
「今、キスしていい?」
そう、訊かれた。
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紬(プロフ) - みかささん» ほんとですか?!ありがとうございます!だんだん少女漫画チックになってきてて困ってます……シリアスはどこいったんだ…… (2020年8月10日 12時) (レス) id: d3d4d4d9f7 (このIDを非表示/違反報告)
みかさ(プロフ) - 最後のりいぬくん登場かっこよすぎます! (2020年8月10日 11時) (レス) id: d74848b20e (このIDを非表示/違反報告)
紬(プロフ) - きずなさん» 嬉しいお言葉をありがとうございます! 三分くらいコメント眺めてにやにやしてました() 夏休み中に完結できるよう頑張ります! (2020年8月2日 12時) (レス) id: d3d4d4d9f7 (このIDを非表示/違反報告)
きずな - 凄い良かったです更新まってます。 (2020年8月2日 11時) (レス) id: 56f6207354 (このIDを非表示/違反報告)
紬(プロフ) - ありがとうございます!初投稿なんでめちゃくちゃ動揺してます……面白いと言って頂けて嬉しいです! (2020年8月2日 6時) (レス) id: d3d4d4d9f7 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:紬 | 作成日時:2020年7月30日 21時