雨はいい天気とは言わないが、降らなきゃ降らないでそこそこ寂しいもんだ。え、そんなことない? ページ16
し、
「しまっ、たァ……」
玄関先。
すぐ踵を上げれば三和土だというのに、草履を履いたまま膝をついた。
理由は明白。忘れ物である。
「巾着忘れた……」
常日頃懐に収めていた、小さな巾着。いつも決まって着物の内側に入れ込んでいたのだが、スナックで着替えた際に落としたのだろう。どこをまさぐっても見当たらなかった。
はあ、と重い二酸化炭素が吐き出される。やってしまった、とも。
例の巾着は、幼い頃に同門から貰った櫛だ。乳白色に桔梗の絵付がされた、ほんの少しの思い出が詰まった宝物。
後生大事にするもんでもないだろうと揶揄されたが、清水自身はお守り感覚で持ち歩いていたのだ。それこそ、自分に視界を与えてくれた彼を彷彿とさせるから。
年頃のおなごでもあるまいし、とは思う。何より清水自身が痛感している。こんなオッサンに片足突っ込んだ男が何をとも。
それでも、あの櫛は。櫛だけは、肌身離さず傍にあったのだ。
「………ゔうん…」
今から取りに行こうか。いやでもな。なんだかそれも恥ずかしい。何のプライドだと問われても清水自身解らない。
どうせなら何かのついでとして行きたい。飲みに行くとか、それこそ着物を返すついでに。
うんうん熟考して、数分。着物を返しに行く際に受け取ろうと決めた。今日は雨のせいか、もう外に出る気が起きないというのも要因の一つだった。雨露が滲む足袋を脱いでしまえば、草履など履きたくなくなる。
ようやく上がり框に足袋を引っ付け、ぐしょりと濡れた長着を洗濯機に放り込む。ドライモードをセットし、ついでに他のも洗濯するかと放りっぱなしだった羽織やら何やらも突っ込んだ。
洗剤を入れ、ピッとスイッチを入れる。すぐにスイッチを切ってひとつ取り出した。
これ洗濯ネットに入れろって書いてあった。
「…………はあ……」
気がつけば夕焼けだ。橙色が差し込む縁側で足を投げ出し、後ろ手をついて沈みゆく日の丸をぼんやり眺める。
なんだか今日は色々あった。書店に行ったはいいが沖田総悟に見つかるわサインをねだられるわ、作家の名誉ともされる賞にノミネートしたかと思えば雨に降られ、同門の階下に住まう女帝と出くわしたり。あの長谷川とかいう人は見たことがある。入国管理局の元局長だ。引退しただか退職しただか小耳に挟んだが、おそらくクビだろう。というか、それしか考えられない。なんだ、自分の城がダンボールって。
ごろりと寝そべり、頭を使うことを放棄した。
本当に強いのは力でも頭脳でもなく、兵糧攻めに耐えうる農家である。→←色男の忘れ物
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スミカ - 物凄く面白いです。高杉との絡みが最高に好きです!決して行き過ぎたチートじゃないとこも好きです。応援してます (4月13日 17時) (レス) @page19 id: daf320e252 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:pillow | 作者ホームページ:
作成日時:2024年2月17日 21時